第2章 私はあなたを計算して、私と結婚する
古賀硯司は顔を曇らせ、その温かい大きな手のひらを、女の華奢で脆い首筋へと滑らせた。それは恋人をあやすかのようであり、また捕食者が獲物に向ける警告と脅威のようでもあった。
まるで彼女が言うことを聞かなければ、その手で首をへし折るとでも言わんばかりに。
「結婚したいと言い出したのはお前だ。今になって離婚したいと言い出すのも、またお前か……」
彼は身を寄せ、彼女の耳元で艶めかしくも危険な響きを帯びた声で囁いた。「どうした、新しい男でもできたか？」
小野寺彩音は危険を感じ、思わず首をすくめそうになる衝動を抑え、努めて平静を装って言った。「新しい男ってわけじゃないわ。結構前から好きだった人よ」
古賀硯司の声が、無自覚のうちに幾分か冷たくなった。その視線が彼女の整った顔立ちの上を彷徨い、興味深そうに問いかける。「ほう？ 誰だ？」
「あなたの知らない人よ」
「言ってみろ」
その死んだように静かな口調は、およそ興味があるようには見えず、むしろその場で相手を殺してしまいたいかのようだった。
「大学の先輩」
小野寺彩音は、現夫に自分の新しい恋人の話をするなど、あまりにも奇妙だと思った――しかも、存在すらしない恋人の話を。
古賀硯司は何か冗談でも聞いたかのように言った。「小野寺彩音、お前は昔から飽きっぽかった。今日はこいつが好きだと言い、明日はあいつが好きだと言う。その男のことを、お前は一体何日好きでいられるんだ？」
私が昔から飽きっぽい？
私が昔から好きだったのは、ずっと彼一人なのに。彼の目には、私はそんなにも浮気性な女に映っていたというの！
小野寺彩音はこれ以上弁駁するのも億劫で、目を伏せて言った。「小野寺静が帰国したわ。私は自覚して、彼女のために場所を空ける。あなたも喜ぶべきよ」
「では、物分かりがいいと褒めてやろうか、古賀夫人？」
古賀硯司は一八〇センチを超える長身で、すっと立ち上がると、小野寺彩音の全身がほとんどその影に覆われてしまった。
逆光で、小野寺彩音には彼の表情が窺えない。その口調は相変わらず穏やかだったが、彼の周りに漂う低い気圧は感じ取れた。
そして、この「古賀夫人」という呼び方は、間違いなく彼女を嘲笑している！
小野寺彩音が何か言い返そうとした時、古賀硯司の携帯が突然鳴った。電話の向こうで誰かが話しており、彼は時折「ん」と相槌を打つだけだ。
彼はプリントアウトされた離婚協議書をティーテーブルの上に放り投げ、通話しながら二階へと上がっていく。数分後、手にスーツのジャケットを持って降りてくると、そのまま出かける準備を始めた。
小野寺彩音は再び離婚協議書を手に取り、裸足のまま玄関まで追いかけた。「先に離婚協議書にサインしてくれない？」
古賀硯司は胸の内に込み上げる怒りをこらえ、離婚協議書に目をやった。
財産分与には関わらないため、小野寺彩音は自分が身一つで出ていくことを明確に示していた。そのため離婚協議書の内容は非常にシンプルで、一目十行で読み下す古賀硯司には一目瞭然だった。
「身一つで出ていく？ 古賀夫人、損をする商売はそんなやり方をしないものだ」彼は親切心から教えるように言った。
「お金は稼げるけど、人は待ってくれないわ」
小野寺彩音は、この誤った関係を一日も早く終わらせ、自分に最後の体面を残したかった。
しかし、その言葉は古賀硯司の怒りをさらに煽った。「それほどそいつが好きなのか？」
小野寺彩音はわけもわからず頷いて「そうよ」と答え、男にサインを促した。
「古賀夫人、君は法学部の秀才だ。俺のような素人が、軽々しく君と契約を結ぶわけにはいかない」
その言葉が終わるか終わらないかのうちに、彼はもう足早に去っていた。
「古賀硯司！」
小野寺彩音は彼の後ろ姿を見つめ、不意に呼び止めた。「あなたが信じようと信じまいと、三年前、私はあなたを陥れて結婚しようだなんて、考えたこともなかった！」
「そうか？」
男はそう軽く二文字を返しただけで、完全に視界から消え去った。
小野寺彩音は、彼が信じていないことを知っていた。
なにしろ、誰もが思っているのだ。古賀硯司との結婚は、父に疎まれ母もいない落ちぶれた令嬢である彼女が、とんでもない幸運を掴んだのだと。
けれど、長年彼に片想いしてきた自分が、どうして彼に無理を強いてまで自分と結婚させようなどと思うだろうか？
小野寺彩音は香港籍で、一六歳で婚姻適齢となり、一八歳で古賀硯司の妻となった。そして現在二一歳で離婚を準備しており、永都大学法学部の四年生に進級を控えている。
夏休みに入り、小野寺彩音は龍玉湾の別荘から、大学近くのマンションに引っ越した。
二日後の夕方、一通のショートメッセージが届いた。
【彩音、明日の午後二時に会えないかしら？ あなたに話さなければならない大事なことがあるの】
永都の、とある高級アフタヌーンティーレストラン。
小野寺静は窓際の席に座っていた。シャネルのノースリーブの黒いワンピースを身にまとい、肩までのストレートヘアで、その顔立ちは精緻で優しく、知的な雰囲気を漂わせている。
彼女の左手は、手のひらから手首までを覆う黒いリストバンドで隠されていた――かつての怪我は深刻で、完治した後も冷房の効いた部屋では痛むことがあるのだ。
小野寺彩音は、自身に罪悪感を生じさせないよう、無理やり彼女の手首から視線を逸らした。
「彩音、てっきり来ないかと思ったわ」小野寺静は微笑みながら立ち上がり、その声は優しく穏やかだった。
永都の名家の間では誰もが知っている。小野寺静は良いお姉さんだと。
かつての小野寺彩音も、そう信じていた。
「もともと来るつもりはなかったわ」小野寺彩音は彼女の向かいに腰を下ろした。「だって、いきなり時間と場所を指定してメッセージを送ってくるなんて、とても失礼だもの」
もし小野寺静に大学まで来られたくなかったら、今日ここに来ることは決してなかっただろう。
小野寺静は一瞬きょとんとした後、すぐに笑みを浮かべ、まるで褒めるかのように言った。「あら、すごいわね。硯司さんと結婚してから、話し方にも貫禄が出てきたじゃない。昔のあなたなら、私にそんな口の利き方はできなかったのに」
昔の小野寺彩音はできなかったのではなく、ただ馬鹿正直に彼女を姉として敬い、慕っていただけだ。
「何か用？」
「両親から頼まれたの。俊明のこと、硯司さんに話してくれたかって。俊明は来週には法廷に立つのよ。もう時間がないわ」
「俊明は傷害事件を起こした。もう確定したことよ。誰に頼んだって無駄だわ」
小野寺彩音の母が亡くなった後、小野寺の父君はすぐさま再婚し、小野寺静の母を娶った。小野寺静は彼女より二つ年上で、小野寺家に入ると姓を温から小野寺に変え、父君にたいそう可愛がられた。
父と継母の間には男の子が生まれ、小野寺俊明と名付けられた。その小野寺俊明は今年ちょうど十八歳になったばかりで、先月、庄司家の若様と女を取り合って、相手の眼球を一つ殴り潰してしまった。今、庄司家は小野寺俊明を刑務所に入れろと息巻いている。
「彩音、庄司家なんて古賀家の飼い犬みたいなものよ。硯司さんが出てきてくれさえすれば、この件は簡単に片付くわ」
「小野寺静、あなたは夜中に電話一本で古賀硯司を私のベッドから呼び出せるんでしょう。だったら、あなたが直接彼にお願いする方がよっぽど効果的だと思うわ。それに――」
小野寺彩音は一呼吸置き、片手で頬杖をつきながら、吹っ切れたような笑みを浮かべて言った。「今の私に、小野寺家のために彼に力を貸させる立場はないの。私、古賀硯司と離婚するから！」
「あなたたち……離婚するの？」小野寺静は信じられないといった様子で、驚きに目を見開いた。
小野寺彩音は可笑しくなった。
その美しいアーモンド形の瞳は笑みに満ち、生き生きと輝き、まるで面白いことでも発見したかのようだ。
「あら、古賀硯司はあなたに言っていなかったの？」彼女は自分の髪を指先で弄びながら身を乗り出し、わざと驚いたように言った。「あらまあ！ お姉さん、それなら彼が外に別の犬を飼ってないか、用心した方がいいわよ。こんな大事な知らせさえ、あなたには伝えてないなんて！」
小野寺静は、自分が犬だと暗に揶揄されていることに気づいていないかのようだった。
「彩音、私と硯司さんはただの親友よ」小野寺静は小野寺彩音が離婚するという話を信じず、彼女を値踏みするように見つめた。「あなたはあの時、あれほど苦心して硯司さんのベッドに這い上がり、あらゆる手段を使って古賀夫人になったのよ。彼にしっかりと、しがみついて離さないべきだわ」
小野寺彩音は困ったようにため息をつき、首を振りながら言った。「でも、私の体力がもたないの。古賀硯司は精力旺盛すぎるし、テクニックも良くないし、私にはもうお手上げよ！」
