第2章
玲奈さんの部屋のドアの前で、私は凍りついたように立ち尽くした。振り上げた拳は、まだ宙に浮いたままだ。
何なの、あれ?
喘ぎ声がぴたりと止んだ。ごそごそという物音、それから足音。私は素早く、鋭く三回ノックした。
「待ってて!」玲奈さんの声は息が弾み、どこかうろたえているようだった。
私は待ちながら、今しがた聞いたことを整理しようと努めた。玲奈さんが……佐藤翔のことを考えて? ついさっき、階下で私を侮辱したあの佐藤翔を? 胃がねじれるような心地がした。
永遠にも感じられる時間が過ぎて、ドアが開いた。そこに立っていた玲奈さんは、髪が少し乱れ、頬を上気させていた。慌てて身なりを整えようとしたのは明らかだったが、白衣はしわくちゃで、口紅は滲んでいる。
「理子ちゃん? こんな遅くにどうしたの?」
「さっき階下で起きたことについて、お話ししたいんです」私は招き入れられるのも待たずにオフィスに足を踏み入れた。「佐藤さんたちの態度は、あまりに度を越しています」
玲奈さんは私の後ろでドアを閉めると、自分のデスクへと歩いていった。彼女は私と目を合わせようとしない。「度が過ぎてるって、どういうこと?」
「私のことで噂を広めているんです。私が他の大学の選手に栄養サプリを渡してるとか……それに、他のことも」それを考えただけで、顔が熱くなる。
「他のこと?」玲奈さんは椅子に腰を下ろし、ようやく私を見た。その表情には、今まで見たことのない冷たさが宿っていた。
「性的なことです。私がアスリート相手だと自制が効かない、何か問題がある女だ、みたいに言ってるんです」その言葉を口にするのが、自分でも吐き気がするほど嫌だった。
玲奈さんは椅子の背にもたれかかった。「でも、あなた、他の大学の人と付き合ってたじゃない」
私は瞬きした。「誠司のことですか? 別れたのは半年前です。それはこの件とは何の関係も――」
「本当に関係ないかしら?」玲奈さんの声には棘があった。「だって、あなたは敵と付き合ってたのよ。周りに色々言われても仕方ないんじゃない?」
は?
「玲奈さん、彼らは私が情報と引き換えに体を売ってるって言ってるんですよ……頭おかしいとしか思えません」
「そうかしら?」彼女は立ち上がり、デスクを回り込んできた。「あなたは医薬品に自由に触れられる。それに、敵チームの選手とも……仲良くしてたじゃない」
私は彼女を凝視した。こんな会話になるなんて、まったく予想していなかった。「本気で言ってるんですか、まさか――」
「何も示唆してないわ」玲奈さんは腕を組んだ。「ただ、あなたみたいな格好をして、あなたみたいに振る舞う女の子がいたら、人は噂をするものだって言ってるだけ」
私みたいな格好?
私は自分のジーンズとチームのスウェットに目を落とした。「私の服装の何が問題なんですか?」
「やだ、理子ちゃんったら」玲奈さんの笑い声は甲高かった。「そのジーンズ、まるで肌に貼り付いてるみたいじゃない。それに、あなたが職場に着てくるトップスの中には、胸元が大きく開いてて、ぴちぴちで……まるで誘ってるみたいよ」
私は口をあんぐりと開けた。同じ女性から、それも上司からこんな言葉を聞くなんて信じられなかった。
「私はプロとして相応しい服装をしています」私の声は震えていた。「それに、たとえそうでなくても、佐藤さんにあんなことを言う権利は――」
「翔はいい子よ」玲奈さんは話を遮った。「彼はキャプテンとして、すごいプレッシャーを背負ってるの。もし何か失礼なことを言ったとしても、きっと悪気はなかったんだと思うわ」
いい子?
「彼はチーム全員の前で、私のことを色狂いのスパイ呼ばわりしたんですよ!」
「まあ……」玲奈さんは肩をすくめた。「そう思われるような隙を、あなたが与えなかったとは言えないんじゃない?」
まるで平手打ちされたような衝撃だった。「どういう隙だって言うんですか?」
「理子ちゃん、正直になりましょうよ」玲奈さんはデスクの端に腰掛けた。「あなたは若くて、魅力的で、明らかに男性の注目を浴びるのが好きよね。選手たちに媚を売るような態度とか、彼らの冗談にいちいち大げさに笑ってあげたりとか……」
「普通に話してるだけです! それがプロの仕事でしょう!」
「ライバル校のアスリートとデートするのがプロの仕事なのかしら?」
「付き合ったのは一人です! たった一人! しかも何ヶ月も前に別れてます!」
玲奈さんは、ひょいと両手を上げてみせた。
「ほら、責めてるわけじゃないって。わかってるわよ。ホッケー選手って、そりゃあ魅力的だもの。強くて、運動神経も良くて、スタミナもあって……」
言葉の途中で、彼女の瞳がふっと遠くを見つめるように揺らぐ。
「信じて。その魅力、私だってよく知ってるから」
この人、一体どうしちゃったの?
「でも、周りがそれに気づいても驚くことはないわ」彼女は続けた。「あなたみたいな女の子が、あんなに体格のいい、魅力的な男たちに囲まれてたら、人は色々憶測するものよ」
「私みたいな女の子?」私の声はだんだん大きくなっていた。「どういう意味ですか?」
「わかるでしょう」玲奈さんの視線が、私の肌が粟立つようなやり方で、全身をなめるように移動した。「あなたは男たちを狂わせるような体つきをしてる。彼らにあらぬ考えを抱かせるような、そういう曲線美をね」
吐き気がした。この人は、私をこういう言葉から守ってくれるはずの女性だったのに。それどころか、彼女は事態を悪化させている。
「信じられません、玲奈さんがそんなことを言うなんて」私は囁いた。
「現実的になってるだけよ」と玲奈さんは言った。「それに、正直な話、もし佐藤翔があなたと寝たいって思ったとしたら、それはあなたにとって幸運なことよ。彼はかっこいいし、チームキャプテンだし、家柄もいい。噂のことで泣くんじゃなくて、むしろ光栄に思うべきじゃない?」
吐きそう。
「やめて」私は言った。
「なんだって?」
「そんな戯言、聞きたくないです! やめてください!」私は勢いよく立ち上がったので、椅子が倒れそうになった。「玲奈さんは私を助けてくれるべきなのに、被害者を責めるなんて!」
玲奈さんの表情が氷のように冷たくなった。「理子ちゃん、少し態度を改めた方がいいんじゃないかしら。それに、ただの無害な会話を、本当に大ごとにしたいのかどうか、よく考えた方がいいわよ」
「無害ですって? ありえない! 彼ら、私を娼婦みたいに言ったんですよ!」
「彼らは、あなたの振る舞いが示唆している通りの呼び方をしただけよ」玲奈さんはドアに向かって移動した。「さて、私には仕事があるの。あなたは帰って、自分のしてきた選択についてよく考え直すことを勧めるわ」
彼女はドアを開け、明らかに私を追い払おうとしていた。
私は呆然としながら彼女の横を通り過ぎた。「これで終わりじゃありません」
「いいえ、終わりよ」と玲奈さんは言った。「それと理子ちゃん、次に傷ついたって泣き言を言いに来たかったら、まず鏡を見てみることね」
ドアが私の背後で、バタンと閉まった。
私はがらんとした廊下に立ち尽くし、怒りと不信感で震えていた。私を守ってくれるはずだった女性が、たった今、私の見た目のせいでセクハラされても当然だと言い放ったのだ。
私の見た目のせいで。
それからの数日間は地獄だった。火曜日の朝までには、キャンパス全体が私の噂話をしているように感じられた。食堂ではひそひそ話が聞こえ、図書館では指をさされるのを見た。誰かが明らかに、ホッケーチームの枠を超えて話を広めていた。
一年生の頃からの友人だったルームメイトの新井千代は、突然、私と一緒に授業に行けない言い訳をするようになった。
「早い時間から勉強会があるの」火曜の朝、彼女は私の目を見ずに言った。
「いつから朝の八時に勉強会なんてするようになったの?」
「新しいやつ。教授の指示でね。ごめん、遅れちゃう」彼女はバッグを掴むとドアに向かった。「また後でね」
しかし、彼女が部屋に戻ってきたのは深夜を過ぎてからで、一言も口を利かずにベッドに直行した。
水曜日はさらにひどかった。スポーツ医学の授業で、教授がペアワークを課したのだが、私だけがパートナーのいない唯一の学生になってしまった。他の全員がペアを組む中、私は一人で作業しなければならなかった。
みんな、私のことを噂してる。
木曜の午後、私はもう我慢の限界だった。アパートの部屋で、ノートパソコンをぼんやりと見つめているうちに、決心がついた。メールを開き、学生課宛にタイプし始めた。
「ホッケーチームのメンバーによるセクシャルハラスメントについて報告します……」
メールを半分ほど書き終えた時、受信トレイが新着メッセージを知らせるチャイムを鳴らした。
「芦田理子様
体育部門に関する最近の件についてお話がございます。
つきましては、下記日時に学長室までお越しくださいますようお願いいたします……
青葉大学
学長 浜本哲哉
以上」
私は画面を凝視した。書きかけの訴状の削除キーの上で、指がさまよう。
学長先生が、私に会いたいと。
