第6章 ナナ、あなたの耳がとても赤い
みっともない姿で車に乗り込む二人を眺め、北村萌花は腰に手を当てて怒鳴りつけた。「クズには犬がお似合いよ。次にまた騒ぎを起こしに来たら、噛み殺してやるから」
北村菜々美は腹立たしさと痛みで、涙が糸の切れた真珠のように溢れ出し、それはもう見るも哀れなほどに泣きじゃくった。「和也さん、見てよあいつのいじめっぷり。私の仇を討ってよ」
佐藤和也が怒鳴り返す。「北村萌花、いい気になるな。傷害は犯罪だぞ、ただじゃおかないからな」
北村萌花はまったく怯まない。「とっとと失せな。これ以上ぐだぐだ言うなら、あんたの車に犬を放り込んでやるわ。まだそんなに威張ってられるか見てやろうじゃない」
その一言で、車中の二人はそれ以上騒ぎ立てる勇気を失った。今は二人とも怪我をしており、早く手当をしなければならない。
「北村萌花、覚えてろよ。お前とは終わらないからな」
「ええ、確かに終わらないわ」
北村萌花が再び犬を呼ぼうとするのを見て、佐藤和也はこれ以上留まるのは危険だと判断し、アクセルを力強く踏み込んで走り去った。
佐藤健志はわずかに身を乗り出した。まさか今日、これほどの大立ち回りを見られるとは思ってもみなかった。
「あいつはあんたの旦那か?」
北村萌花は言い返す。「クソ野郎ってところね。あんな奴、生きてるだけで食糧の無駄だわ」
やはり相当なじゃじゃ馬だ。先ほどの彼女の勢いは、まるで千軍万馬を率いているかのようだった。
「ずいぶん恨んでいるようだな。じゃあ、この子たちは?」
「あの子たちはあいつとは関係ないわ。恨むってほどでもないけど、嫌いなのは本当よ」
彼が疑念に満ちた目をしているのを見て、北村萌花は冷ややかに釘を刺した。「あなたとは親しくもないでしょ。他人の家のことに首を突っ込まないで。さっさと治して出て行って。もちろん、この間の世話代は全部つけとくから。踏み倒すのは許さないわよ」
佐藤健志は身をもって体験した。この女は並大抵のケチではない。
三つ子たちは喜び、手を叩いた。「マミー、すごい! 悪い奴らをこてんぱんにやっつけたね」
北村萌花は嬉しくなかった。あの二人が現れたということは、平穏な日々が終わりを告げるということだ。今日こうして 찾아来たからには、今後も簡単には引き下がらないだろう。
以前は自分一人だったから対処も楽だったが、今は三人の子供たちを抱え、それに記憶喪失の負傷者までいる。力ずくではまずい。反撃する方法を考えなければ。
「いい、よく覚えておくのよ。もし知らない人が来ても、絶対にドアを開けちゃだめだからね」
光咲が胸を叩き、得意げに言った。「マミー、安心して。この前の掃除のおばさんだって、中に入れなかったでしょ」
北村萌花は「……」となった。
まあ、そういうことでは一概には言えないが、用心するに越したことはない。
由紀が発言する。「マミー、危ない時は一人で抱え込まないで。僕とお兄ちゃんは男の子なんだから、マミーを守れるよ」
由佳は三ちゃんを撫でながら、素直に言った。「私もマミーを手伝えるよ。三ちゃんにいっぱいご飯をあげて、大きくなってマミーを守ってもらうの」
北村萌花は両腕を広げ、三人の子供たちを抱きしめた。この数年間、どんな困難に直面しても、母子四人はいつも一緒に乗り越えてきた。今回も同じだ。
佐藤健志は確かに興味をそそられていた。佐藤和也とその妻は長年付き合っていて仲が良いと聞いていたが、では北村萌花はどうして他人の子を身ごもり、そしてなぜあの時突然失踪したのか。
この三人の子供たちの父親は一体誰なんだ?
先ほどの彼女の平然とした表情からして、何かを隠しているのは明らかだった。
郊外の夜はいつも早く訪れる。今日の騒動も母子たちの日常に影響はなく、北村萌花は早々に子供たちを連れて夢の中へと入っていった。
月もなく風の強い夜、一つの黒い影が家に近づいた途端、犬の鳴き声に驚いて逃げ去った。同時に、部屋にいた佐藤健志も目を覚ました。
佐藤健志は苦労して車椅子に乗り移り、隣の部屋をちらりと見て物音がないことを確認すると、そっと外へ出た。
この数日間、母子と過ごすうちに、犬たちも彼の匂いに慣れて吠えなくなったのだ。
佐藤健志は前方の木の下で光が点滅するのが見え、車椅子をそちらへ動かした。
下村賢太が申し訳なさそうな顔で姿を現した。
「佐藤社長、申し訳ありません。私の力不足です」
本来は彼が中に入って佐藤健志に会う計画だったが、家に数匹の大きな犬がいるとは予想外だった。もし無鉄砲に乗り越えていたら、明日は死体になっていたかもしれない。
佐藤健志は北村萌花のやり方を完全に理解できた。彼女は郊外で一人で子供たちを育てているのだから、護衛役は必要だろう。
犬は人間よりも忠実で、決して彼女を裏切らない。
「佐藤社長、ご無事で何よりです。我々は皆、あなたが……」
佐藤健志は彼が目を真っ赤にしているのを見て言った。「安心しろ、俺は死なない。家の様子はどうだ?」
「会長はあなたの訃報を聞いてその場で倒れられました。意識は戻りましたが、朦朧としていてあまり芳しくありません。旦那様や他のご兄弟が交代で付き添っておられます」
やはり予想通りか。祖父は持ちこたえられなかったのだ。
「お前は戻って、どうにかして祖父に近づけ。俺は生きていると伝え、心配いらないと言ってやれ」
下村賢太は頷いた。「佐藤社長は一緒にお戻りにならないのですか? かなりのお怪我のようですし、やはりきちんとした病院で治療を受けられた方が」
佐藤健志は首を振った。「今は戻れない。事故当日、俺のルートは誰かに変更され、車にも細工がされていた。それが原因で事故に遭ったんだ。誰かがこの機に乗じて俺を殺そうとしている。俺が戻らないのは、黒幕が次に何をしたいのかを見極めるためだ」
佐藤健志は今回の事件が単純なものではないと分かっていた。若くして佐藤家の権力者となった彼は、多くの者にとって目の上のたんこぶだったのだ。
自分が消えて誰が一番得をするか、そいつが犯人だ。
下村賢太は心配そうに言った。「では、社長のお怪我はどうなさるのですか。あなたの主治医を密かにこちらへ呼ぶ必要はありますか」
佐藤健志の脳裏にあの凶暴な顔が浮かび、思わず笑みがこぼれた。「俺を助けてくれたのは医者だ。彼女が俺を座らせることができたんだから、きっと立たせることもできるだろう」
下村賢太は、佐藤社長が一人の人間をこれほど高く評価するのを初めて見た。何か返事をしようとした時、家の中に明かりが灯るのが見えた。
「ナナ? 外にいるのはあなた?」
北村萌花の声がした瞬間、下村賢太は素早く木の陰に隠れた。佐藤健志は彼に目配せし、ひとまず戻って待機するよう指示した。
「ナナ、何してるの?」
佐藤健志は自分の名前の由来を知って以来、その呼び名にひどく違和感を覚えていた。どうにかして名前を変えてもらわなければ。
彼女がすでに外へ出てきたのを見て、彼は仕方なく口実を考えた。「さっき犬の鳴き声が聞こえたから、昼間の男女がまた騒ぎに来たのかと心配になって、様子を見に出てきたんだ」
その言葉に、北村萌花の心は少し温かくなった。「あなたも少しは役に立つのね。でも心配いらないわ。この犬たちは訓練されてるから、悪い奴らが来たら、骨の欠片も残さないって保証する」
まだ遠くへ行っていなかった下村賢太は冷や汗をかいた。もしあの時、無謀にも中へ入っていたら、一体どうなっていたことか……。
なんとも恐ろしい女だ。佐藤社長、どうかご無事で。
「中まで押してあげる。あなたは怪我人なんだから勝手に動いちゃだめ。これからは何かあったら、私を呼んで」
北村萌花の白い手が車椅子を押す。そよ風が吹くと、彼女の体から漂う甘い香りが嗅覚を刺激した。
佐藤健志はその香りをどこかで嗅いだことがあるような気がして、心がざわついた。
北村萌花が彼を部屋に送り届けると、明かりが彼女の体を照らし、その姿をより一層美しく見せた。彼は思わず四年前のあの夜を思い出していた。自分の下でか細い声を上げていた、あの柔らかな女を……。
思い出すだけで、体が熱くなる。あの夜はあまりにも素晴らしかった。
「ナナ、耳がすごく赤いけど、どこか具合でも悪いの?」
北村萌花は、彼が先ほど外で風に当たって風邪でも引いたのかと思った。
佐藤健志は唇の端を上げて笑った。「男と女が二人きり、目の前には美人がいる。これは一人のまともな男として、あるべき反応だよ」
