第1章
私と藤原翔太郎の結婚四周年を祝うパーティー。
ホテルのバンケットホールは、煌々と明かりが灯されている。
藤原グループのCEOと本条財閥の当主として、私たちは常に経済界における完璧な政略結婚の相手と見なされてきた。
私はシャンパンを片手に翔太郎の隣に立ち、彼が数人の投資家と渋谷区で開発予定の新プロジェクトについて語らうのを、微笑みながら聞いていた。
「藤原さん! お願いです!」
突如、宴会場の入り口から聞き慣れない女性の声が響いた。
その場にいた全員の視線が、声の主へと注がれる。
そこに立っていたのは、一人の華奢な女性と、その傍らの男の子だった。
女性は長い髪をなびかせ、その顔はやつれてはいるものの、なおも美しかった。
男の子は青白い顔で、おどおどと周りを見回し、小さな手で茶色いクマのぬいぐるみを固く握りしめている。
「翔太郎、お願い、弘道を助けて」
女性の声は嗚咽に震えていた。
翔太郎の体が瞬時に強張るのを感じた。
彼はシャンパングラスを置き、無表情のまま入り口へと向かう。
宴会場の話し声は次第に消え、微かな囁き声だけが残った。
翔太郎は冷たく言い放つ。
「俺がなぜそいつを助けなければならない?」
泉清子——かつてニューヨークのファッションウィークで輝かしい脚光を浴びた日本人モデルは、今や枯れ葉のように脆く見えた。
「だって、この子はあなたの子どもよ」
彼女は翔太郎の目を真っ直ぐに見据える。
「私たちがニューヨークにいた時の、あなたの子ども」
宴会場は騒然となった。藤原グループの役員たちが驚きの表情で顔を見合わせる一方、他の者たちは自分の飲み物に集中するふりをしながら、実際には耳をそばだてていた。
「お前が言ったからといって、そうだと決まったわけでもあるまい」
翔太郎は冷笑した。
「どこの馬の骨とも知れん男との間にできた種かもしれんぞ」
「藤原翔太郎!」
泉清子は怒りに震え、目に涙を光らせて彼の言葉を遮った。
私は静かに翔太郎を観察していた。
今の彼は冷酷無情に見えるが、そのまつ毛が微かに震え、スーツのポケットに突っ込まれた手が固く拳を握りしめていることに気づいた。
どうやら彼の心の内は、表向きの態度よりもずっと葛藤し、もがいているようだ。
それもそうだろう。かつての藤原翔太郎は、彼女を命懸けで愛し、宝物のように扱っていたのだから。たとえ海の底の月であろうと、彼は文句一つ言わず拾いに行っただろう。
それほどまでに深い愛情が、どうして簡単に捨てられるというのか。
「この数年間、私は弘道を育てることだけに専念してきました」
泉清子は落ち着きを取り戻す。
「新しい恋愛なんてしていません。弘道は先天性の心臓病を患っていて、高額な手術が必要です。今の私には到底その医療費を負担することができず、やむを得ず帰国して助けを求めたんです」
彼女の視線が、私と翔太郎が並んで立つ姿を捉え、その瞳の底には物悲しさが満ちていた。
「もういいわ。今のあなたは藤原グループの当主で、家庭も円満。邪魔をするべきじゃなかった」
泉清子が立ち去ろうとしたその時、静かだった男の子が突然母親の手を振りほどき、翔太郎のもとへ駆け寄った。彼の脚にぎゅっとしがみつき、涙がぽろぽろとこぼれ落ちる。
「いやだ、行かない! パパと一緒にいる!」
子供の声は幼いながらも、確固たる意志が込められていた。
翔太郎が私の手を離したことに、私は気づいていた。
彼は子供を見下ろし、その瞳の奥に、見分けるのが難しいほどの優しさを滲ませていた。
それは、私たちが最も親密な時間を過ごしている時でさえ、彼の目には決して見られなかった表情だった。
泉清子は素早く子供を抱きしめ、「あの人は、あなたのパパになる資格なんてないわ」と冷たく言い放った。そして背を向け、大理石の床に一枚の病院の診断書がひらりと舞い落ちるのを残して去っていった。
宴は続き、客たちは表面上は普段通りの会話に戻ったが、誰もが密かに私と翔太郎の反応を窺っているのが感じられた。
大学の同級生で弁護士の井上美香が私に近づき、小声で尋ねてきた。
「千夏、あの女、知ってるの?」
「ええ、知ってるわ」
私は平静を装って答えたが、心の中は波立っていた。
「藤原翔太郎がアメリカ留学時代に、掌中の珠のように三年も守り続けたモデルの彼女よ」
藤原翔太郎の留学時代、彼は界隈では有名な御曹司だった。
眉目秀麗で家柄も申し分なく、ハーバード・ビジネス・スクールでのエリート教育は、彼の非凡な魅力にさらに磨きをかけていた。
ニューヨークでなら、彼はどんな女でも手に入れることができたが、泉清子にだけは一途だった。
泉清子は当時、注目を集める新進気鋭のモデルで、その清楚な東洋の顔立ちは西洋のファッション界で異彩を放っていた。
翔太郎は彼女のために実家のエンターテインメント産業部門を引き継ぎ、リソースと露出の機会を提供し、彼女のファッションショーの最前列に頻繁に姿を現し、公然と愛情を示した。
彼らはかつてネット上で「最も羨望を集めるカップル」と評され、写真の中の二人は見つめ合って微笑み、若々しく輝いていた。
しかし八年前、泉清子は突然モデル界からの引退を宣言し、ソーシャルメディアから完全に姿を消した。
翔太郎はニューヨークと東京を行き来しながら丸一年彼女を探し続けたが、その甲斐もなく終わった。
一年後、彼は帰国して藤原グループを継ぎ、新世代の当主となった。
そして私、本条千夏は、その頃にハーバード・ビジネス・スクールから帰国した。
正直に言えば、私は藤原家について何も知らなかったわけではない。
幼い頃から、私は藤原翔太郎を理想的な政略結婚の相手と見なしていた。
本条財閥は藤原グループが持つエンターテインメント産業の販路を必要とし、藤原グループもまた本条財閥の金融支援を必要としていた。
私はロンドンで学びながら日本の経済界の動向を注視し、藤原翔太郎が泉清子と破局したと知るや否や、両社の提携機会を利用して帰国した。
本条財閥の影響力を背景に、私はまんまと翔太郎の視界に入り込むことに成功した。
三ヶ月の接触、六回の正式なデート、そして一度のプロポーズを経て、私は藤原夫人となった。
結婚後の生活は平穏で秩序立っていた。私たちは共にビジネスイベントに出席し、市場の動向を議論し、業界の知見を分かち合った。
翔太郎が私に甘い言葉を囁くことはなく、私も彼に桜を見に行こうとか月を愛でようなどと求めなかった。私たちはまるで二人の優秀なビジネスパートナーのように、理性的かつ効率的にこの結婚と両社の提携関係を運営していた。
私はずっと、このようなパートナーシップこそが現代の結婚の常態なのだと思っていた。なにしろこの時代、本物の愛など信じる者がいるだろうか、と。
今夜、泉清子が現れるまでは、その均衡が保たれていた。
泉清子が去った後、私は翔太郎に尋ねた。
「追いかけなくていいの?」
彼は首を横に振ったが、その視線は無意識に泉清子が去った方向を追っていた。
「もう彼女を愛していないの?」
と私は重ねて問う。
翔太郎はグラスを強く握りしめ、答えた。
「とうに愛してなどいない。過去の感情に左右されるつもりはない」
彼が床から拾い上げた診断書を固く握りしめ、その指の関節が力むあまり白くなっているのに、私は気づいていた。
私は自嘲気味に笑った。
この協力関係も長くなると、私も自分が思っている以上に彼のことを理解してしまっている。
まるで、彼が嘘をついていると、確信できるくらいに。
彼はまだ彼女を愛している。
しかも、とても、とても深く。
