第57章 田中健人の愚痴

実のところ、渡辺莉々はとうに渡辺美咲が来ていることに気づいていた。

 視界の端でローマ柱をかすめたとき、青いスカートの裾がちらりと見えたのだ。莉々はそれを認めると、唇の端にごく薄い笑みを浮かべた。

 見えていたからこそ、わざとああいうことを聞いた。

 渡辺美咲に、十月十日お腹を痛めて産んだ息子が、いったいどれほど自分のような「よそ者」を慕っているのか――その耳でしっかり聞かせたかったのだ。

 「莉々おばさんって、ほんとに優しいね」

 田中健人は渡辺莉々の胸元にもたれ、小さな顔に甘えるような笑みを浮かべた。

 渡辺莉々は優しく彼の頭を撫でる。声は、子どもをあやすように甘くやわらかい...

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