第3章

その言葉は、まるで体を殴られたかのような衝撃だった。

「堕ろせって?」

「今だけだ。テストが終わるまで。一年後にはまた挑戦できるから」

「一年?」

私の声が上ずった。

「祐真、私、もう31歳なのよ。ずっと頑張ってきたのに、それを……捨てろって言うの?」

「150億円のためなら?ああ、そうだ」

彼は歩き回るのをやめ、私を見つめた。

「小夜、頼む。辛いのはわかる。でも、俺たちの未来を考えてくれ。その金を受け継いだら、子供たちに何でも与えてやれるんだぞ」

抵抗したかった。どんな大金も、この子ほどの価値はないと叫びたかった。でも、祐真の顔はあまりにも必死で、すべてを失うことを恐れているように見えた。

私たちのため。二日後、クリニックの待合室で座りながら、私は自分にそう言い聞かせた。私たちの未来のためなんだ、と。

処置はすぐに終わったが、その後の空虚感は永遠に続くように感じられた。

家に帰ると、祐真の秘書が私たちのペントハウスに花を届けに来ていた――私のためではなく、桐生美加のために。どうやら彼女は、Y市の社交界に妊娠を発表したばかりらしかった。

秘書が慌ててその花を運び去る前に、偶然読んでしまったカードには、妊娠三ヶ月と書かれていた。

頭の中で計算する。三ヶ月。この「テスト」が始まってから、ちょうど同じ期間だ。

桐生美加が妊娠三ヶ月。タイミングが……奇妙だった。

その考えを振り払おうとしたが、しつこく頭から離れない。いったいどんな確率で、桐生美加は私たちのテストが始まったのとまったく同じタイミングで妊娠するのだろうか?

ただの偶然よ、と自分に言い聞かせる。彼女はきっと、テストに協力することに同意する前から妊娠していたんだわ。

しかし、疑念はもうそこにあった。鋭く、胸の奥深くに突き刺さって抜けない。

ソファに沈み込むと、両手は無意識に、もう何もないお腹へと伸びていた。まだ軽い痙攣が続いていて、私が何を諦めたのかを絶えず思い出させた。

どうして彼女は赤ちゃんを産めるのに、私は失わなければならなかったの?

その問いは、続く数週間にわたって私を苦しめ続けた。毎朝、桐生美加の妊娠に関するニュースで目が覚める。輝く肌、高級ブランドのマタニティウェア、そしてまるで彼女が次期王位継承者を宿しているかのように、祐真の家族全員が彼女の周りに集まっている様子。

まあ、ある意味、その通りなのだろうけど。

「小夜さん、お塩を取ってくださらない?」

鳴瀬邸での日曜のブランチ中、鳴瀬幸子さんに声をかけられた。桐生美加はテーブルの主賓席――普段は私の席だ――に座り、背中にはシルクのクッションが置かれ、祐真が搾りたてのオレンジジュースのグラスを手に近くをうろついている。

「はい、もちろんです」

私は呟き、テーブルの向こうに手を伸ばした。その間も鳴瀬幸子さんは、桐生美加のマタニティヨガ教室について夢中で話し続けていた。

「それに、お医者様もすべて順調ですって」

桐生美加は、まだほとんど目立たないお腹に片手を置きながら言った。

「祐真さんがとても気遣ってくれるの。ねえ、あなた?」

祐真は微笑み、彼女の頭のてっぺんにキスをした。

「君と赤ちゃんのためなら、最高のことだけを」

私は化粧室に立つと告げて席を外し、冷たい水で顔を洗った。処置から三週間が経ったが、誰も私の体調を気遣うことはなかった。衰弱してベッドから出られなかったために予約をキャンセルしたことも、誰も触れなかった。処置後、何日も食事が喉を通らなかったことにも、誰も気づかなかった。

なのに、桐生美加が一度くしゃみをしただけで、祐真はすぐに主治医を呼んだ。

ダイニングルームに戻ると、祐真の従兄弟である木村翔太が桐生美加にスマホの写真を見せていた。

「これが俺たちが使ったベビー用品のデザイナーだよ」と彼は言っている。

「本当に一流だから。祐真、彼女に連絡してみるといい」

「もうしたよ」

祐真は答えた。

「美加には最高のものを用意しないと」

私は静かに席に戻り、夫が別の女性とベビー用品について話し合っているのを眺めていた。。会話は、まるで私がそこにいないかのように、私の周りを流れていく。

後になって、桐生美加が二階で昼寝をしている間に、私は祐真の書斎で古い写真アルバムを眺めている自分に気づいた。私たちの結婚式の写真で手が止まり、ゲストの中にいる桐生美加の顔をじっと見つめた。

その時、気づいてしまった。

結婚式の写真で、私は髪をエレガントなアップスタイルにし、顔の周りにゆるいカールを垂らしていた。それは、何年も前に祐真のお母さんの暖炉の上で見た、大学時代に祐真とプロムに行った時の桐生美加とまったく同じ髪型だった。

私のウェディングドレスには、ヴィンテージのレースが重ねられていた。私たちが婚約する前年、桐生美加がメットガラで着ていたヴァレンティノのドレスとそっくりだった。

ハネムーンの行き先――S市――でさえ、祐真が付き合っていた頃に桐生美加を誕生日に連れて行った場所と同じだった。

手が震えながら、さらに写真をめくっていく。慈善イベント、ギャラリーのオープニング、家での静かなディナー。どの写真の私も、まるでおままごとをしているように見える。まるで、誰か別の人間になろうとしているかのように。

「小夜?」

祐真の声に、私は飛び上がった。

「何してるんだ?」

「昔の写真を見てただけ」

私は急いでアルバムを閉じた。

彼は私の顔をじっと見た。

「大丈夫か?最近……様子が違うみたいだが」

違う?ええ、違うわ。だって、ようやくすべてがはっきりと見えてきたのだから。

「大丈夫よ」

私は嘘をついた。「ちょっと疲れてるだけ」

「じゃあ、少し休めよ。明日、美加とベビー家具を見に行くんだから、ぐずぐずされると困る」

彼は返事を待たずに去っていった。

その夜、私はバスルームの鏡の前に立ち、何ヶ月ぶりかに自分の姿をまじまじと見つめた。私の明るいの髪は、顔の輪郭に沿ってレイヤーカットされていた――桐生美加がファッション雑誌の表紙でしていた、彼女のトレードマークのスタイルとそっくりだった。私はコーヒーに砂糖一つで飲む。祐真が、桐生美加の好みだと話していた飲み方だ。いつの間にか、彼女が有名にしたのと同じ色合いの赤い口紅までつけていた。

私はいつから、私でなくなってしまったのだろう?

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