第30章 酒が飲めない

立花芳南は、長いこと黙ったままだった。

エレベーターの扉が開く。綾部栞は手を伸ばし、彼女の肩をぽんと叩いた。

「先に帰るね」

立花芳南はこくりとうなずき、綾部栞の背を見送った。

病院を出た綾部栞はタクシーを拾い、綾部家へ戻った。

綾部家では、綾部玉季と父が、伊沢赤司と綾部栞の帰りを早くから待っていた。

だが、家に入ってきたのが綾部栞ひとりだけだと分かると、綾部玉季の目にかすかな疑問がよぎる。

さっき電話をした時には、伊沢赤司はまだ栞と一緒にいたはずだった。

「伊沢社長は?」

そう尋ねられ、綾部栞は唇を引き結ぶ。

「急ぎの用ができて、少し対応に行ってます」

キッチンから出...

ログインして続きを読む