第3章

「そんなはずはないでしょう?」

医師は首をかしげるような表情を浮かべ、検査報告書を受け取ってざっと目を通し、それからふっと笑った。

「検査した先生が、ちょっとしたうっかりでね。機械のスイッチを一つ入れ忘れたとか、その程度のミスじゃないかな」

ミス――?

病院を出て家へ向かう道すがら、頭の中ではずっと耳鳴りのような音が鳴り続け、心の中はぐちゃぐちゃだった。

冷静に考えれば、私は長島を疑いたくなんてなかった。

本家に住んでいた頃、彼は私に実の孫のように親切にしてくれて、私が病気になった時には、寝る間も惜しんで看病してくれた人だ。

そんな長島の経歴と腕前で、本当にスイッチの入れ忘れなんていう初歩的なミスをするだろうか――?

呼吸が徐々に浅くなっていく。自分でも分からない。理解できないのか、それとも考えるのを拒んでいるのか。

そんなふうに堂々巡りをしている時、祖母から電話がかかってきた。

「寧凪、お昼ご飯を食べにおいで」

言葉の上では食事の誘いだったが、その声色には普段にない厳しさが滲んでいる。私は慌てて了承した。

私はもともと児童養護施設で育った孤児だ。十六の時、街で偶然心臓発作を起こした祖母を見つけ、救急車を呼び、病院で半日付き添った。

退院した祖母は、そのまま私を後藤家へ連れて帰ってくれた。

その頃、後藤辰和は二十二歳。大学を出てすぐ会社を継いだばかりだった。

あの頃の彼は、本当に優しかった。祖母の愛情もあって、私は自分が世界で一番幸せな人間だと思っていた。

けれど、そのすべては、あの馬鹿げた一夜で粉々に砕け散ったのだ。

後藤本家に足を踏み入れると、私以外の全員がすでに揃っていた。祖母は手招きし、隣に座るように促すと、その視線を真正面に立って一言も発せない早乙女星奈へと向け、冷ややかに言った。

「寧凪の前でもう一度言っておくよ。これから先、佳奈のことでも、あんた自身のことでも、何かあったら自分で長島先生に連絡するか、私のところへ来なさい。寧凪と辰和の生活を邪魔するんじゃないよ」

祖母が昨日の一件をもう知っているとは思わず、私は気まずさに視線を落とした。隣に座っていた後藤辰和が眉根を寄せ、低い声で口を開く。

「おばあさま、佳奈はまだ小さいんです。叔父の僕が放っておくわけにはいきません」

「叔父だって自覚はあるんだね。それなら結構なことだよ。でもさっき、佳奈が薬を嫌がって泣いていた時、どうしてあの子はあんたのことを“パパ”なんて呼んでいたんだい?」

祖母は声を鋭くし、辰和をきつく睨みつけた。

「外じゃみんな、辰和は有能だ、経営の腕がすごいって持ち上げてるそうじゃないか。頭が付いているなら、小叔父が未亡人の義姉さんや姪と距離を置くべきだってことくらい、分かりそうなもんだよ」

「兄さんが早くに亡くなって……あの子はただ、父親が恋しくて――」

「お黙り!」

祖母は顔を真っ赤にして怒り、胸を大きく上下させた。

「よくも兄さんの名前を口にできたね。あんた、兄さんがどうして死んだか忘れたのかい?」

私が後藤家に来た頃、辰安兄さんと早乙女星奈は海外で暮らしていて、直接会ったことはなかった。

ただ、穏やかで優しい人で、私が養子になったと知ってからは、毎年欠かさずプレゼントを送ってくれていたということだけは知っている。

そんな善良な人が、早乙女星奈にしつこくせがまれて深海ダイビングに行き、事故で命を落としたのだ。

「おばあさまごめんなさい、全部私が悪いんです、私が辰安を殺したんです!」

祖母に過去を蒸し返され、早乙女星奈は震え上がると、その場にひざまずき、床に額がぶつかるほど頭を打ちつけながら、涙声で叫んだ。

そのとき、私ははっきりと見た。後藤辰和の目に、痛々しいほどの同情の色が走るのを。

彼はすぐさま視線をこちらに向け、目配せを送ってきた。星奈のために口添えしろとでも言うように。

自分が口を出しては、かえって祖母の反感を買うだけだと、彼も分かっているのだろう。

以前の私なら、彼の望み通り祖母をなだめていたに違いない。だが今回は、辰和の合図を見なかったふりをして、祖母の隣に静かに座ったまま、一言も発しなかった。

玄関をくぐった時から今まで、彼が私をちゃんと見たのは、早乙女星奈のためだけ。

彼の目に映る私は、自分の意志を持った一人の人間だろうか。それとも、星奈を守るために使う、ただの道具なのだろうか。

「もういいよ。客間でわんわん泣き喚いて、みっともないったらありゃしない」

祖母は不機嫌そうに星奈を叱りつけ、きっぱりと言い渡した。

「あんたが大きな間違いを犯したのは事実だ。辰安のことだけじゃない。今から二時間、客間で壁に向かって反省しなさい。自分が何をやってきたのか、よくよく考えるんだよ。ちゃんと反省するまで出てきちゃいけないよ!」

「おばあさま!」

後藤辰和が勢いよく立ち上がり、その顔色は今にも血の気が滴り落ちそうなほど暗かった。だが祖母は執事に指示して、顔面蒼白の星奈を連れて行かせると、辰和を睨みつけた。

「書斎に来なさい」

二階へ上がる前に、祖母は私の手の甲を軽く叩き、含みのある声で言った。

「辰和と話があるんだ。寧凪、あんたは客間で少し待っておいで。それから、自分のためにも、あんたたちの小さな家庭のためにも、これからどうするか、よく考えるんだよ」

辰和はもともと私のことが気に食わない。この件で、きっとますます私を憎むだろう。「家庭」なんて、一体どこにあるというのか。

階段を上っていく彼の背中を見送りながら、私は自嘲気味に笑った。気付けば、今夜彼から浴びせられるであろう怒りに耐える覚悟を、無意識のうちに固めていた。

ともあれ、このあと確定診断書を見せればいい。祖母も味方でいてくれる。そうなれば、辰和も簡単には離婚など口にできないはず。

私は、自分の子供を、私のように、生まれた時から両親がいない子にはさせない。

たとえこの結婚が形だけになっていても。たとえこれから、私と後藤辰和が、生涯憎しみ合う関係のままだったとしても。

この子が「完全な家庭」を持てるのなら、それだけで価値がある。

診断書に映る、小さな黒い影を指先でなぞる。お腹の中でこの子が少しずつ育っていく姿を想像するだけで、胸の高鳴りは次第に落ち着きを取り戻していった。だがすぐに、耳元で幼い声が響く。

「悪い女! ママは罰で壁に向かってるし、パパも書斎でひいおばあちゃんに怒られてるのに、なんであんただけのうのうと座ってられるのよ!」

可愛らしいウサギのパジャマ姿の後藤佳奈が、ふんぞり返って私をにらみつけていた。さっきまでの病弱さなど、そこには微塵もない。

後藤辰安が亡くなった時、早乙女星奈は妊娠中だった。佳奈も私と同じように、自分の父親の顔を知らない。

そう思うと、きつく叱る気にはなれず、私は努めて穏やかな声を出した。

「佳奈、あの人はあなたの叔父さんであって、パパじゃないのよ」

「違うもん! パパだもん! あんたがパパにまとわりついてるから、パパは私とママと一緒に住めないのよ!」

佳奈は泣き喚きながら飛びかかり、私を蹴ろうとした。私は診断書を手にしたまま、反射的に身をひねって避ける。

だが、この子は思っていた以上に狡猾だった。私の不意を突いて診断書をひったくると、そのまま力任せに引き裂いたのだ。

「悪い女なんて大っ嫌い! パパを取るなら、あんたのもの全部ビリビリにしてやる!」

そこには、私の子供のエコー写真があった。辰和に自分の潔白を示す、唯一の証拠も――。

私は勢いよく立ち上がり、慌てて診断書を取り返そうとした。けれど身体が勝手にお腹をかばってしまう。その隙に、身軽な佳奈は得意げにテーブルの上へ飛び乗ると、診断書を細切れになるまで引き裂いてしまった。

「ざまあみろ、ざまあみろ!」

「あんた……」

頭の中で何かが弾け、「キーン」という音が響く。世界がぐるりと回り、私はその場に崩れ落ちた。視界が滲み、焦点が合わない。

さっきまで勝ち誇っていた佳奈が、突然、泣き声を上げるのだけははっきりと聞こえた。

「パパ、おばさんがいじめる!」

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