第2章 彼女を梱包して送り出す
第2章
西園寺希美は沈黙し、能面のような無表情を貫いた。
彼女が足を動かそうとしたその時、低く重厚な声が割って入った。
「西園寺家は、家政婦を雇う金もないのか?」
神宮寺蓮の視線が淡々と西園寺玲奈と花見美代子をなぞる。その口調からは感情が読み取れないが、無形の威圧感が漂っていた。
彼は西園寺希美を見ようともせず、ただの世間話のように問いかけたのだ。
西園寺玲奈の笑顔が瞬時に凍りついた。
まさか神宮寺蓮が西園寺希美を庇うとは夢にも思わなかったのだ。
花見美代子に至っては、気まずそうに手を揉み合わせ、視線を泳がせた。
「神宮寺社長、ご冗談を。これはその……希美は気の利く子でして、自分から家の手伝いをしたがるものですから」
「そうか?」
神宮寺蓮は片眉を上げ、ようやく視線を上げた。
その視線は西園寺玲奈を通り越し、西園寺希美の顔に止まる。
「客を待たせておいて、家の『お嬢さん』がキッチンで働くというのは、いささか不作法に思えるが」
彼はわざと「お嬢さん」という言葉を強調した。西園寺希美もまた名目上は西園寺家の娘であることを、西園寺家の面々に思い出させるかのように。
父の西園寺明は慌てて場を取り繕った。
「私の配慮が足りなかった。希美、突っ立ってないで早く座りなさい」
そして神宮寺蓮に向き直り、へつらうように笑う。
「神宮寺社長、どうぞお座りください。お茶を」
西園寺玲奈は悔しさで歯ぎしりしそうになったが、神宮寺蓮の意向に逆らうわけにはいかず、こっそりと西園寺希美を睨みつけることしかできなかった。
西園寺希美はその場に立ち尽くし、呆気にとられていた。
神宮寺蓮が……私を助けた?
その事実は、彼女の心に奇妙な違和感をもたらした。
この男は、昨夜車の中で彼女を支配し辱めたばかりだ。それなのに今、西園寺家で彼女の窮地を救っている。
一体何を考えているのか?
彼女が神宮寺蓮を見上げると、ちょうど彼もこちらを見ていた。
その瞳は深く、底知れぬ冷たい水を湛えた淵のようだ。
西園寺希美は胸が高鳴り、反射的に視線を逸らした。
彼の目的が何であれ、この「救済」は彼女にとって皮肉以外の何物でもなかった。
神宮寺蓮が視線を外すと、西園寺明と花見美代子は甲斐甲斐しく彼をダイニングテーブルへと案内した。
西園寺家の人間も次々と席に着く。
西園寺希美はそれ以上立ち止まることなく、黙ってテーブルの末席に着いた。
すぐに料理が運ばれてきた。
西園寺玲奈は神宮寺蓮の隣に陣取り、甲高い甘ったるい声で彼に料理を取り分け続けた。
「蓮、これ食べてみて。あなたのために特別に作ったのよ」
神宮寺蓮の前の皿はすぐに小山のようになったが、彼は一口も手をつけず、時折茶を啜るだけだった。
西園寺希美は西園寺玲奈の声を聞き、何食わぬ顔をしている神宮寺蓮を見ているうちに、胸の奥から怒りが湧き上がってきた。
彼女は澄ました顔で食事を続けながら、ダイニングテーブルの下で片足を上げ、神宮寺蓮のふくらはぎを爪先でつついた。
動きは軽いが、挑発的な意味合いは十分だ。
神宮寺蓮は西園寺希美を見た。その深淵な瞳に、微かな興奮の色が走る。
この女、ますます大胆になりやがって。
彼は動かず、彼女の靴先が大胆に自分のズボンの裾を擦り上げるのを許容した。
西園寺玲奈はまだ興奮気味に何かを喋り続けており、自分が婚約者だと信じて疑わない相手が上の空であることにも、二人の間の背徳的なやり取りにも全く気づいていなかった。
彼女はただ、神宮寺奥様になるという妄想に浸り、未来の生活をペラペラと語っていた。
「……結婚したら、西の高級住宅街に家を買いたいわ。あそこは環境もいいし、神宮寺の本邸にも近いし……」
西園寺希美はその言葉を聞きながら、ただ滑稽だと感じていた。
彼女は箸を置き、ナプキンで口元を拭った。
「ごちそうさま。先に二階へ上がるわ」
部屋に戻り、ようやく息をつくことができた。
屋根裏部屋は哀れなほど狭く、家具も簡素だ。
窓辺に立ち、眼下の庭の景色を眺めていると、心がざわついた。
その時、突然ドアが開いた。
神宮寺蓮が入ってきて、背手でドアを閉めた。
「どうしてここへ?」
西園寺希美は驚き、警戒心を露わにした。
「『婚約者』のお相手をしなくていいの?」
神宮寺蓮はその問いには答えず、彼女の目の前まで歩み寄ると、頬に残る平手打ちの跡を凝視し、眉をひそめた。
「誰にやられた?」
声は平坦で感情が読めないが、西園寺希美の心臓は一瞬止まりかけた。
彼女は顔を背け、嘲るように言った。
「誰だと思う? あなたの未来のお義母さん、花見美代子よ」
一呼吸置き、彼に向き直って挑発的な視線を送る。
「何? 神宮寺社長は私のために敵討ちでもしてくれるつもり?」
神宮寺蓮は黙って彼女を見つめていた。
その沈黙を見て、西園寺希美は突然笑い出した。自嘲に満ちた笑いだった。
「やっぱりね」
その言葉は針のように神宮寺蓮の顔色を曇らせた。
彼が手を伸ばし、彼女の頬の傷に触れようとしたが、西園寺希美はそれを避けた。
「触らないで」
彼女の声は冷え冷えとしており、怨嗟が滲んでいた。
「偽善的な優しさなんていらない」
神宮寺蓮の手は空中で止まり、彼の表情もまた氷のように冷たくなった。
彼は手を引っ込め、ドアへと向かった。
「大人しくしていろ」
その言葉を残し、彼は去っていった。
西園寺希美は彼の背中を見送りながら、複雑な思いを噛み締めていた。
彼がやり込められる様を見てせいせいするかと思ったが、実際に彼が背を向けて去っていくと、得体の知れない喪失感が胸をよぎった。
間もなく、階下から車のエンジン音が聞こえた。
窓から見下ろすと、神宮寺蓮の車が西園寺家の別荘を離れていくのが見えた。
意外なことに、車内には神宮寺蓮一人だけで、西園寺玲奈の姿はなかった。
どうやら彼は、西園寺玲奈に対して本当に興味がないらしい。
そう考えていると、ドアが乱暴に開け放たれた。
西園寺玲奈が怒りの形相で飛び込んできた。先ほどの笑顔は消え失せ、嫉妬と怨恨が渦巻いている。
「クズ! わざと神宮寺蓮に色目を使って何がしたいの? 玉の輿? 神宮寺奥様? 夢を見るのもいい加減にしなさい!」
彼女は一歩踏み出し、西園寺希美に詰め寄ると、声を潜めて悪意を吐き出した。
「神宮寺家が縁談を持ちかけたのは西園寺家の娘よ。つまり私、西園寺玲奈だけ! あんたなんて誰も欲しがらない愛人の子じゃない。あんたの恥知らずな母親が自殺を盾に西園寺家に脅しをかけたから、置いてやってるだけなのよ! あんたも母親と同じ、男をたぶらかすことしか能がない泥棒猫だわ!」
母親のことを持ち出され、西園寺希美の顔から血の気が引いた。
彼女は立ち上がり、氷のような視線で西園寺玲奈を射抜いた。
「黙れ! 母さんのことを言うな!」
「言ってやるわよ!」
西園寺玲奈は彼女の反応を見て、さらに勢いづいた。
「蛙の子は蛙ってね! 顔がきれいだからって偉そうにしないで。さっき蓮があんたを見たからって、チャンスがあると思った? 言っておくけど、彼があんたを見たのは、ただの笑い者として見てただけよ!」
西園寺希美は拳を固く握りしめ、爪が掌に食い込んだ。
体が微かに震えているのは、恐怖からではなく怒りからだ。
だが、西園寺玲奈と言い争っても無駄だということは分かっていた。
彼女は深呼吸をして、努めて冷静さを保った。
「好きに思えばいいわ。笑い者かどうかは、あなたが一番よく分かってるはずよ」
「あんた!」
言葉に詰まった西園寺玲奈は、逆上して手を振り上げた。
西園寺希美は身構えており、彼女の手首を空中で掴んだ。
「西園寺玲奈、私を追い詰めないで」
その眼差しは冷酷で、殺気すら帯びていた。
西園寺玲奈はその目に怯え、反射的に手を引っ込めた。
だがすぐに虚勢を張り直す。
「覚えてなさい! 大人しくしてないと、生きてるのが嫌になるような目に遭わせてやるから!」
捨て台詞を残し、西園寺玲奈はドアを叩きつけて出て行った。
彼女が去るとすぐに、今度は花見美代子が入ってきた。
神宮寺蓮の前で見せた媚びへつらいは消え、露骨な嫌悪感だけが残っている。
「あんたのために縁談をまとめてやったよ」
彼女は口の端を歪め、恩着せがましく傲慢に言った。
「馬場さん家の御曹司だよ。聞いたことあるだろう? 建材ビジネスをやってる家だ。神宮寺家には及ばないけど、この辺りじゃ名の知れた家柄さ」
西園寺希美は目を上げたが、感情は見せなかった。
「あんたもいい年だ。いつまでも西園寺家でタダ飯を食わせるわけにはいかないんだよ」
花見美代子の視線が彼女の青白い顔を舐めるように見て、軽蔑を隠そうともしない。
「馬場さんはあんたの写真を見て、悪くないって言ってる。今度会わせてやるから、もし気に入ってもらえたら、あんたの運が良かったってことさ。さっさと家から出て行ってくれれば、こっちも清々する」
要するに、厄介払いをしたいということだ。
西園寺希美は心の中で冷笑したが、顔には出さなかった。
「行かないわ」
「何だって?」
花見美代子は信じられないという顔で、耳をつんざくような金切り声を上げた。
「行かないだと? 西園寺希美、いい気になるんじゃないよ! 馬場さんがあんたみたいなのをもらってくれるなんて、ありがたい話じゃないか! 他の人なら見向きもしないよ!」
彼女は一歩詰め寄り、声を潜めて毒づいた。
「言っておくけどね、この縁談にあんたの選ぶ権利なんてないんだよ! 賢いなら大人しく従って嫁に行きな。そうすれば丸く収まる。もしぶち壊すような真似をしたら、西園寺家にいられないようにしてやるからね!」
