第289話

受付係は練習でもしたかのような、丁寧で揺るぎない笑顔を私に向けた。

「申し訳ありません、ヴァンス様。本日、ローラン様のご予定にヴァンス様のお名前はございません。ご予約はいただいておりますでしょうか?」

「私は彼の妻です」――その言葉が、もう少しで口から滑り落ちそうになった。

そして、現実に引き戻される。もう、妻ではないのだ。

返事に窮していると、ロビーを横切るように別の声が響いた。

「大丈夫よ、私が対応します。ヴァンスさん、こちらへどうぞ」

首筋がぞくりとした。振り返ると、リアと顔を合わせた。

ブロンドの髪は肩の周りに艶やかに流れ、その体にフィットしたドレスは、あからさまな努力を感じさせずに人...

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