第62章 わざと誘惑する

「腕が上がらないんだ」

それを聞いて、温井知夏は身を横に向けた。

次の瞬間、彼女は黒崎冬馬の襟元がわずかにはだけているのに気づく。

男の色気を帯びた喉仏があらわで、その下には鎖骨がうっすらとのぞいていた。妙に、目を奪われるほどきれいで――。

温井知夏は急に喉が渇いたような気がして、ごくりと唾を飲み込んだ。

「でも、左手は……」

黒崎冬馬は困ったように眉をひそめる。

「たぶんひねった。ちょっと痛くて」

その目が、少しだけ甘えるように彼女を見た。

「手伝ってくれないか?」

視線がぶつかった瞬間、温井知夏の胸がどくんと跳ねた。

どこか罠めいている――そう思ったのに、黒崎冬馬が...

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