第96章 一時の制御不能

「行くな」

男の声は、掠れて低かった。

その言葉が落ちた次の瞬間、温井知夏が身構える間もなく、黒崎冬馬が唐突に手を伸ばし、彼女の手首を掴んでぐいと引き寄せる。

「きゃ……っ」

不意を突かれた温井知夏は、そのまま彼の胸に倒れ込んだ。

身体が、ぴたりと重なる。

薄い布地越しでも分かる。彼の体温はひどく熱く、まるでこのまま自分まで溶かされてしまいそうだった。

どくん、どくんと心臓が暴れる。

温井知夏は息を乱し、かすれた声で名を呼んだ。

「冬馬……」

「知夏」

男は何度も、甘く掠れた声でその二文字を繰り返す。

自分を呼んでいるのだと、分かってしまう。

あまりにも親しげで、あ...

ログインして続きを読む