第1章

玲子視点

腹部の痛みはもう何週間も続いていたが、それをストレスと二日酔いが混じったものだと決めつけていた。明浜市のナイトライフは誰にだってそうさせるだろう。ましてや、この眠らない街に十年も食らいついてきたのなら尚更だ。

明浜エリート医療センターで最も名高い腫瘍専門医の向かいに座っていた。膝の上で固く手を組み、その震えを隠していた。

「水原さん、CTスキャンと生検の結果ですが……」医師の声は事務的で感情がこもっていなかったが、その目には見慣れた――憐れみの色が浮かんでいた。「残念ながら、ステージ4の膵臓がんです。周辺の臓器への転移も見られます」

「うそ.......それはいったい、どういうことでしょうか」と、自分の声が聞こえた。

「腫瘍の広がり具合から判断して、余命は長くても半年、といったところでしょう」

半年。

百八十日。

医師の背後にある資格証明書が並んだ壁をぼんやりと見つめながら、私の心は蓮司へと飛んでいた――彼はまだ何も知らない。

私たちの結婚十年記念日は、あと十日に迫っていた。彼は何か「サプライズ」を計画しているようだった。どうやら、サプライズというのはお互い様らしい。

「緩和ケアの選択肢についてご相談できます」と医師は続けた。「あるいは、検討すべき試験的な治療法もいくつか……」

私は機械的に頷き、指でドレスの存在しないしわを伸ばした。

「すぐに治療を開始することをお勧めします」医師はパンフレットの束を私に手渡した。

「もちろんです」と私は答えたが、頭はすでに、残された時間をどう過ごすかの計算を始めていた。


クリニックを出ると、蓮司からのメッセージでスマートフォンの画面が光った。【会議が長引いてる。悟の契約の件を片付けないと。先に寝てて。パーティーの件、確認よろしく。記念日まであと十日だな!】

私はウーバーの運転手に、日向湾に面したオーシャンフロントのペントハウスへ向かってもらった。室内は蓮司が愛するミニマリズムで統一されていた。クールなグレーの色調、ガラスと金属の完璧な調和、そして、決して我が家とは思えない高価な家具。

部屋に入った瞬間、何かがおかしいと感じた。玄関のコンソールテーブルに、蓮司のセイコーの腕時計と、緩められたエルメスのネクタイが置かれていた。ありえない。蓮司が腕時計なしで仕事の会議に行くなんて。「成功した男の必須アクセサリーだ」と豪語していたのに。

重い足取りでウォークインクローゼットへ向かう。指先は感覚を失い、ただ義務のように、蓮司の服をハンガーから外し、畳み始める。その時、昨日彼が身につけていたスーツのジャケットのポケットで、薄い紙がカサリと音を立てた。

一枚の写真。若者たちが好んで使う、あのインスタントカメラで撮られたものだ。それを指で挟み、引き抜いた瞬間、心臓が凍りつき、全身の血が逆流するような感覚に襲われた。

写真の中には、二十代前半と思しき、長い髪を軽やかに揺らす若い女性がいた。彼女は、レンズの向こうの誰かに向かって、底抜けに明るい笑顔を向けている。その顔は、あまりにも、あまりにも見覚えがあった。

瞬時に、全てのピースが嵌った。彼女は、私だった。今の、作り上げられた私ではない。蓮司と出会った、あの十年前の、まだ何者でもなかった私。芸術家になるという無謀な夢を抱き、手入れを怠った天然パーマの髪を無造作に伸ばし、化粧っ気のない顔で、未来への希望を瞳いっぱいに湛えていた、あの海辺の町の少女。

その瞬間、白熱したナイフで抉られるような、鋭い激痛が腹部を襲った。私は高級な手織りのラグの上に崩れ落ち、体を丸めて、激痛が過ぎ去るのを待った。

涙で歪む視界の先、ナイトスタンドに置かれた額縁の写真が、ぼんやりと映る。去年のチャリティーガラで撮られたものだ。そこには、完璧に作り上げた、数え切れないほど練習した私の笑顔があった。そして、その隣で、どこか遠く、別の場所を見つめ、決して本当の意味で私を見てはいなかった蓮司の、空虚な視線。

『どうして今まで気づかなかったんだろう』


痛みがようやく動ける程度に和らぐと、私は体を引きずって蓮司の書斎へ向かった。

私が長居することを決して許されなかった、あの神聖な空間。彼が一度も読んだことのない革装丁の本と、「慈善寄付」によって手に入れたトロフィーで埋め尽くされている。

引き出しを機械的に探っていくと、ついにそれを見つけた。彼が普段使っているiPhoneではない、薄い黒のスマートフォン。

パスワード? 私の誕生日を試してみる。即座にロックが解除された。呆れるほどロマンチックね。

画面には「恵」という人物とのメッセージが並んでいた。

【今夜会えるのが待ちきれない。玲子は俺が悟との会議だと思ってる】

【カウントダウン、あと十日だな! 明日のサーフィンレッスン、どうする?】

指を微かに震わせながら、画面をスクロールした。

【玲子はもう飽きた。新鮮な血が必要だ】

【十年経てば、俺は自由になれる。お前こそ、俺が必要な人間だ】

画面を凝視していると、新たなメッセージがポップアップした。【今夜はあのサンドレスで来て。計画を忘れるなよ――自由まで、あと十日】

スマートフォンが、感覚のない指から滑り落ちそうになった。十日。私たちの記念日。彼が計画していた「サプライズ」は、婚約なんかじゃなかった。別れ話だったのだ。

ゆっくりと立ち上がると、奇妙なほどの静けさが私を包み込んだ。自分のスマートフォンを取り出し、新しいメモを作成する。【カウントダウン 10日。蓮司は私が『去る』ことを知らない】

何年も連絡を取っていなかった相手の連絡先の上で、指が止まる。蓮司について警告してくれた人。友情にひびが入るまで、私が意地を張って彼を庇い続けた、たった一人の友人。

「玲子?」相手が出たとき、自分の声がまるで他人のもののように聞こえた。「久しぶりなのはわかってる……でも、助けてほしいの」私は深く息を吸った。「うん、蓮司のこと……ううん、今回は違うの」

電話を切った後、私は蓮司の書斎の、床から天井まである巨大な窓に映る自分の姿を見つめた。何年かぶりに、そこに映る女性が誰なのかをはっきりと認識できた。そして、彼女が何をすべきなのか、ようやくはっきりとわかった。

蓮司は自由へのカウントダウンをしているつもりだろう。彼が知らないのは、私のカウントダウンもまた始まっていたということ。ただ、彼には想像もつかないやり方で。

余命六ヶ月。決断まで、あと十日。

次のチャプター