第2章
メッセージを送信し終えるや否や、私は荷造りに取りかかった。
出発までまだ二週間もある。だが、哲平と雄介が結託して私を欺いていた事実を思うだけで、胃の奥から強烈な吐き気がせり上がってくる。この家の空気そのものが汚濁にまみれているようで、一分一秒たりとも此処には留まりたくなかった。
クローゼットの奥からスーツケースを引きずり出し、衣類や身分証を詰め込み始める。三十分ほどかけて自分の荷物をどうにかまとめ終えると、私は忘れ物がないか確認するため主寝室へと向かった。
ナイトテーブルの引き出しに手を突っ込み、中を探る。その指先に、見慣れない形状の物体が触れた。
取り出してみると、それは遠隔操作式のアダルトグッズだった。
私はそんなものを使ったことがない。哲平からそんな話をされたことさえ一度もなかった。
込み上げる嫌悪感を必死に押し殺し、それを引き出しに投げ戻して乱暴に閉める。手は震え、目頭が熱くなったが、私は歯を食いしばって涙を堪えた。
その時、玄関で鍵が回る音がした。
哲平が帰ってきたのだ。
彼はドアを開けるなり私に笑顔を向けた。その手にはショッピングバッグが提げられている。リビングにいた雄介が、弾かれたようにソファから飛び起き、父親のもとへ駆け寄った。
「パパ!」
哲平は息子の頭をくしゃくしゃと撫で、袋から一つの箱を取り出して手渡した。
「約束してたゲーム機だ。パパは忘れてないぞ」
雄介はそれを胸に抱きしめ、目を三日月のように細めて満面の笑みを浮かべる。
哲平は次に私の方を向き、もう一つの袋を差し出した。
「今回の休み、二人を実家に連れて行ってやれなくて、ずっと気になってたんだ。これ、律子に。選りすぐったんだよ」
袋を開けると、中には深い藍色の時計ケースが入っていた。蓋を開く。ベルベットの台座に鎮座していたのは、精巧な作りのレディースウォッチだった。クラシックで上品なデザインは、確かに私が普段好むスタイルそのものだ。
もし私が、何も知らない愚かな律子のままだったなら。夫からの贈り物に感動し、いつものように彼の胸に寄りかかって「私の好みをよく分かってるのね」と囁いていただろう。
だが今は、その時計が氷のように冷たく感じられるだけだった。
私が口を開こうとした、その瞬間。
ソファに腰を下ろした哲平のポケットから、何かが滑り落ちた。
小さな箱がフローリングに落下し、弾みで蓋が開く。
中に入っていたのは、腕時計だった。同じブランドだが、雰囲気はまるで異なる——文字盤は小さく、ベルトは華奢で、ベゼルには砕いたダイヤモンドが散りばめられている。明らかに若い女性向けのデザインだ。
哲平の瞳に、一瞬だけ狼狽の色が走った。極めて短い刹那だったが、私はそれを見逃さなかった。しかし彼はすぐに余裕の表情を取り戻し、屈んで箱を拾い上げると、笑みを浮かべて言った。
「夏休みに顔を見せられなかったのが心残りでさ、お義母さんにも買っておこうと思ったんだ。今度T市に行った時に渡そうと思ってたんだけど、まさか落ちちゃうとはな」
あまりにも自然な口調だった。そこには自嘲の色さえ滲んでいて、まるで気の利く婿のちょっとした失敗談のように聞こえる。
けれど、私はもう一度その時計に視線を落とす。パヴェダイヤ、華奢なベルト、流行の若々しいデザイン。今年で六十四歳になる母に、これが似合うとでも言うのだろうか?
私が問い詰めるより早く、雄介が横から割り込んできた。彼は無邪気そのものの顔で見上げてくる。
「ママ、パパ出かける前に言ってたよ。家族みんなにプレゼント買うって。おじいちゃんと、おばあちゃんの分も当然あるよね!」
父と子、阿吽の呼吸。まるで何百回もリハーサルを重ねた舞台のようだ。
私は雄介を見つめた。まだ八歳の子供が、顔色一つ変えず、瞬き一つせずに嘘をついている。その姿は、彼の父親と十割重なって見えた。
夫に裏切られただけでも十分に苦しい。なのに、腹を痛めて産んだ我が子までが、父親とあの女の共犯者になっているなんて。「ママ」と甘い声で呼びかけておきながら、背中を向けた瞬間に父親の不貞を隠蔽し、嘘で塗り固める手助けをしている。
哲平の浮気そのものより、雄介の振る舞いの方が、私の心をより深く凍らせた。
哲平は明らかにこの話題を長引かせたくないようだった。時計の箱をポケットにねじ込み、強引に話を変える。
「そうだ律子、今度実家に帰る時は、俺も必ず休みを取って一緒に行くよ」
私は彼の言葉を無視した。
「哲平、あなたに話があるの」
彼が張り付かせていた笑みが一瞬凍りつき、瞳に警戒の色が混じる。
「……どうした?」
私は深く息を吸い込んだ。
「哲平、私たち、離——」
言葉を言い終わらないうちに、彼のスマートフォンが突然鳴り響いた。
彼は携帯を握りしめ、大股でバルコニーへと向かう。
「律子、ごめん。病院から緊急連絡だ。ちょっと出る」
ほぼ同時に、雄介が私の腕に抱きつき、新学期の話題をまくし立て始めた。
「ねえママ、僕、次の学期からサッカーチームに入りたいんだ! あとね、あとね、クラスの算数の先生が代わって……」
一つの話題が終われば次、また次と。その声は甘く柔らかく、まるで綿菓子のように私を包み込んで窒息させようとしているかのようだった。
私は彼を見下ろした。
「雄介。あなたは、本当にママのことが好き?」
彼は不意に言葉を切り、ぱちくりと瞬きをした。そして、とろけるほど甘い笑顔を作り、指でハートの形を作ってみせる。
「当たり前じゃん! ママのこと、だーいすき!」
その時、哲平が慌ただしく戻ってきた。耳のあたりが赤く、視線が泳いでいる。
「律子、悪い。雄介の新学期用の文房具を店に忘れてきたのを思い出したんだ。急いで取ってこなきゃ」
雄介が即座に反応する。
「パパが思い出してくれてよかった! 早く行ってきて!」
哲平は私に口を挟む隙すら与えず、車のキーを掴むと逃げるように玄関を飛び出していった。
リビングに静寂が戻る。
そして、私は堪えきれずに笑い声を漏らした。
一秒前まで「病院からの緊急連絡」だったものが、次の瞬間には「店に忘れた文房具」に変わっている。一体どんな緊急事態なら、用心深い哲平がここまで杜撰な嘘をつく羽目になるのか。
答えは火を見るよりも明らかだ。
希美が言っていた「掃き出し窓に張り付いていた」二人。七歳の栞奈が見てしまった不適切な光景。寝室の引き出しに隠されていたアダルトグッズ。そして、母への贈り物だとは到底思えない若いデザインの時計。
誰もが羨む完璧な夫。気遣いができて、家庭的で、決して声を荒げない——その正体がこれだ。彼が慌てて出て行ったのは文房具のためなんかじゃない。あの女に会いに行ったのだ。
そして私の八歳の息子は、何事もなかったかのようにソファに潜り込み、テレビのスイッチを入れた。
まるで、つい先ほどまでの会話など存在しなかったかのように。
