第1章

パインウッド・トレーラーパークの土曜の朝は、いつもの喧騒と、焼きたてのパンケーキの甘い香りで幕を開けた。私が手狭なキッチンでフライパンを揺すっていると、庭先では夫の貴志が古いフォードに潜り込み、工具のぶつかる乾いた音が響いている。

家の中では、子供たちがいつものように洗面所の争奪戦を繰り広げていた。娘の咲良が『大事な美容タイム』だからと立てこもり、八歳になる息子の遥斗はスパイダーマンのパンツ一枚で廊下をドタドタと跳ね回っている。

「ママ、姉ちゃんがずっと出てこないよ」

砂色の髪をぴょんぴょん跳ねさせながら、遥斗が不満を叫ぶ。

「咲良、遥斗にも使わせてあげなさい」

声を張り上げてはみるものの、十五歳の娘に届くはずもない。年頃の女の子には、母親の言葉など通用しないのだ。

『これが、私たちの暮らし。狭くて、貧しくて、いつも何かに追われているけれど、それでも家族四人、一緒にいられる』

窓の向こう、オイルにまみれながら作業に没頭する貴志の背中を見つめていると、胸の奥からじんわりと温かいものが込み上げてくる。

たしかに、壁紙の剥がれかけたダブルワイドのトレーラーハウスは、お世辞にも立派とは言えない。月末になれば、いつも夫婦でため息をつくような暮らしだ。ふと、故郷の日本での日々が脳裏をよぎる。清潔で、畳の香りがして、ご近所付き合いも適度な距離感があって、どこか安心できたあの頃。今のようなお金の心配もなかった。

それでも私たちは、ここアメリカで二人分の給料を一つの口座にまとめ、歯を食いしばって生きてきた。ウォルマートで働く私の時給と、整備工の彼の収入。大した額ではないけれど、それは紛れもなく、私たち二人で築き上げたものだった。言葉の壁にぶつかり、文化の違いに戸惑いながらも、異国の地で手に入れたこの生活には確かな重みがある。私たちには、お互いがいた。故郷への郷愁はあれど、今の日々に満足していた。それだけで、十分価値があるはずだ。

そのときだった。まるで何かに追われるように、貴志が玄関のドアを蹴破らんばかりの勢いで飛び込んできたのは。

「由紀子! やったぞ! 本当に三百万ドル当たったんだ」

カチャン、と手からスパチュラが滑り落ちた。

「え?」

彼は震える手で、くしゃくしゃになった宝くじを私の目の前に押し付けた。滲んだ数字は判読できなかったが、彼の熱に浮かされたような興奮は、嫌でも伝わってきた。三百万ドル。脳が理解を拒む。ただ、『助かった』という言葉だけが、頭の中で何度も繰り返された。

「信じられない……本当に信じられないわ」私は彼の肩を掴んだ。「本当なの? 間違いじゃないの?」

「十回は確認した! 見ろよ」

貴志はスマートフォンの画面を突きつける。宝くじの公式サイトに表示された当選番号。1―7―14―23―31―42。パワーボールは15。

「何なの、その騒ぎは」

ようやく完璧な巻き髪と非の打ちどころのないメイクを完成させたらしい咲良が、のっそりと洗面所から顔を出した。

「パパが宝くじに当たったのよ、ベイビー」

私は娘を強く抱きしめながら、頭を高速で回転させた。『もう、お下がりの服を着せることもない。遠足の費用を切り詰めることもない。友達が自分にはできない贅沢の話をしているときの、あの子の寂しそうな顔を、もう見なくて済むんだ』。

「マジで?」

いつもは達観した態度で私たちを見下している娘が、生まれて初めて見せるような、純粋な興奮に目を輝かせていた。

「プール、買えるの? ほんとに?」

パンツ一丁のまま、遥斗が駆け寄ってくる。

「何でも欲しいものが手に入るぞ、遥斗。何でもな」

貴志は息子を軽々と抱き上げ、その場でぐるぐると回した。

『これだわ。これこそ、私たちのアメリカンドリームの始まりなんだ』

白いペンキで塗られた、庭付きの本当の家。子供たちの大学資金。ウォルマートのレジ打ちからも、もうおさらばできるかもしれない。小銭を数えたり、「うちにはそんな余裕ないから」と子供に言い聞かせたりする日々は、もう終わるのだ。

「お祝いしなくちゃ」私は弾んだ声で言った。「今夜、バーベキューをしましょう! パークのみんなを招待して」

貴志の顔が、さらにぱっと輝いた。

「最高だな。渡辺家がのし上がるところを、みんなに見せてやろうぜ」

その日の午後、私は車を走らせて招待状を配って回った。町のネイルサロンにも立ち寄り、レイヴンも誘った。何度かネイルをしてもらっただけの仲だが、彼女はいつも気さくに話しかけてくれたから。

「あら、こんにちは、由紀子」レイヴンは私を見ると微笑んだ。「実は、もう貴志さんから聞いたわよ」

私は一瞬、言葉に詰まった。

「貴志が、あなたを?」

「ええ、宝くじに当たったんですってね! すごいじゃない」

『おかしい。貴志がレイヴンと個人的に話すなんて。いつもネイルサロンでは、ただ黙って雑誌を読んでいるだけなのに』

「そう……よかったわ。じゃあ、今夜ね」

夕暮れ時、私たちのトレーラーハウスのささやかな庭は、手作りのパーティー会場に姿を変えた。私は慌ててダラーツリーに駆け込み、ありったけの飾り付けを買い込んだ。赤いプラスチックカップに、ペラペラの紙皿。それでも、キラキラ光る吹き流しを飾れば、いつだってそこは特別な空間になるのだ。

六時を回る頃には、隣人のドリーとゲイリー、双子の男の子を連れたジョンソン一家、普段はあまり顔を見せないマルティネスさんまで、顔なじみが続々と集まり始めた。

「それで、その重大発表って何なのよ」

安物のパーティー用品を並べるのを手伝いながら、ドリーが尋ねてきた。彼女はここで一番の親友で、私たちがどれだけ生活に苦労していたかを知る、数少ない一人だった。

「見ればわかるわ」私は、自分でも馬鹿みたいだと思うほどにやけながら答えた。『今夜、すべてが変わる』。

二十人ほどの人が、私たちの小さな庭にひしめき合っていた。長年かけて家族同然になった人々。子供たちの成長を我が子のように見守ってくれた人々。本当に苦しいとき、黙ってキャセロールを差し入れてくれた人々。異国の地で、私に温もりを与えてくれた、大切な人たちだ。

彼らが集い、笑い、ビールを飲む姿を見ていると、胸がいっぱいになった。『これからは、私たちが彼らを助けてあげられる。ゲイリーの仕事探しも手伝えるし、マルティネスさんの薬代だって出してあげられるかもしれない』。

貴志がビール瓶を掴むと、よじ登るようにしてピクニックテーブルの上に立った。

「みんな! 聞いてくれ」

ざわめきが収まり、期待に満ちた視線が彼に注がれる。

「昨日、宝くじを買ったんだが……今日わかった。俺たち、三百万ドルを当てたんだ」

割れんばかりの歓声が上がり、パークの夜気を震わせた。人々は貴志の背中を叩き、私を抱きしめ、次々と祝福の言葉をかけてくれる。愛と、興奮と、無限の可能性に包まれて、まるで宙に浮いているような気分だった。

だが、貴志が制するように片手を挙げたとき、その表情に浮かんだあるものを見て、私の胃はずしりと重くなった。

「さて、この金を手にしたことで、俺はある重要なことに気づかされたんだ」

聞いたこともないような、硬い声だった。

「俺は、小さすぎる人生にずっと甘んじていた」

群衆が水を打ったように静まり返る。『甘んじていた? どういう意味……?』

いくつもの人垣を越えて、彼の視線が真っ直ぐに私を射抜いた。その目に宿る、氷のような冷たさに、全身の血が凍りつくのを感じた。

「由紀子、離婚してくれ」

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