第1章 転生後に親を断ち始める
「高坂檸檬、お前は一体、自分の非を認めるのか?」
高坂檸檬の口と鼻は水に塞がれ、咽せる痛みで喉がひりついた。
死の淵から目を開けると、プールサイドに立つ南斗兄さんこと高坂南斗と、相沢湘子を抱きかかえる北斗兄さんこと高坂北斗の姿が見えた。
彼女の瞳に一瞬、戸惑いがよぎる。この光景には見覚えがあった。
自分は死んだのではなかったか?
まさか、三年前の、相沢湘子が高坂家に正式に養女として迎え入れられたあの日に戻ってきてしまったというのか?
パーティーの席で、相沢湘子はわざと自分を陥れ、皆に自分が彼女を突き落としたのだと思い込ませた。
北斗兄さんは最初に二人を見つけたが、相沢湘子だけを助け、同じく泳げない自分を水の中でもがき苦しむまま放置した。
南斗兄さんはさらに、非を認めるのかと問い詰めてくる。
まるで、自分が非を認めなければ助けないとでも言うように。
水の中で絶望的にもがき、過ちを認めて許しを乞い、兄たちに助けを求めた。
死の寸前になって、ようやく引き上げられた。
それ以来、彼女は二度と相沢湘子に逆らおうとせず、兄たちの機嫌を窺いながら、細心の注意を払って生きてきた。だが、その果てに得られたものは何だっただろう?
相沢湘子が彼女の卒業論文の成果を盗み、南斗兄さんは相沢湘子のために証言し、彼女を盗作者として退学に追いやった。
相沢湘子の体調が悪く腎臓移植が必要になると、西都兄さんこと高坂西都は自ら彼女を手術室へ送り届け、相沢湘子に腎臓を提供させた。
相沢湘子が国際大会の実績で箔を付ける必要が出ると、北斗兄さん、霧人兄さんこと高坂霧人、琉生兄さんこと高坂琉生は、ためらうことなく自分をチームから追い出した。
高坂檸檬は相沢湘子が論文を剽窃し、カルテを偽造した証拠を掴み、長兄に渡して彼女の正体を暴こうとした。
しかし、それは兄たちの怒りを買っただけで、誰も彼女の言うことを信じようとせず、証拠にろくに目を通すことすらしなかった。
長兄の高坂東弥は、反省しろと彼女を家から追い出した。
路上に放り出され、一文無しになった彼女は、ありとあらゆる苦労を味わった。
過去の出来事が脳裏に浮かび、高坂檸檬はもがくのをやめ、そのままプールの底へと沈んでいった。
彼女は目を見開き、無表情だった。まるで死んでしまったかのようだ。
岸辺で相沢湘子を取り囲む兄たちを見つめる。何度見ても、心臓に錐で刺すような痛みが走った。
実に滑稽だ。
この実の妹が、所詮は他人一人にすら及ばないとは。
岸にいた南斗兄さんはずっと相沢湘子に気を配っていたが、高坂檸檬がもがく水音が聞こえなくなったことで、ようやくプールを振り返った——高坂檸檬はすでにプールの底に沈んでいた。
それを見た瞬間、高坂南斗の顔は真っ青になった。「檸檬!」
ばしゃん、と高坂南斗はなりふり構わず飛び込んだ。
相沢湘子は高坂檸檬が沈んでいくのを見て、瞳の奥にきらりと光を宿した。高坂檸檬は死んでくれた方が都合がいい。
彼女は弱々しいふりをして、北斗兄さんの袖を掴み、か細い声で言った。「咳、咳っ……北斗兄さん、私も檸檬お姉さんを助けに行かないと。あの子が水に落ちたのは、私のせいだから……」
高坂北斗ももとは心配していたが、その言葉を聞いて、慌てて相沢湘子を慰めた。「馬鹿なこと言うな。南斗兄さんがいれば十分だ。高坂檸檬は自業自得だろ。死にはしない!」
高坂北斗はプールの方へ顔を向けたが、その眼差しはどこか複雑だった。
水中で、高坂檸檬は自分に向かって泳いでくる南斗兄さんを見つめていた。その顔に浮かぶ心配の色は、嘘ではないように見える。
だが、さっきは自分に非を認め謝罪するよう迫り、溺れてもがく自分を冷ややかに見下ろしていたのも彼だった。
今回は、彼に助けてもらうなどまっぴらごめんだった。
高坂檸檬は嘲るような眼差しを浮かべ、くるりと身を翻して水面に泳ぎ出た。
前の人生では、この溺れた一件の後、南斗兄さんに無理やり相沢湘子と水泳を習わされた。
すでにトラウマになっていたが、南斗兄さんを満足させたい一心で、恐怖に耐えながら泳ぎを覚えた。しかし結局、南斗兄さんは心理的な恐怖を克服した相沢湘子の勇敢さだけを褒め称えた。
自分が意図的に一分間も水中に放置されたことで、深刻な後遺症が残ったことなど、誰も知る由もなかった。
誰も彼女がどうなったかなど気にしない。高坂南斗の目には相沢湘子しか映っていなかった。
「高坂檸檬、また何を騒いでいる。溺れたふりをすれば、さっき犯した過ちが消えるとでも思ったのか?」
高坂南斗が彼女の行く手を遮る。高坂檸檬がどこか大きく変わったような気がした。いつの間に泳げるようになったんだ?
高坂檸檬は顔を上げ、目の前の南斗兄さんを見つめた。かつては、この南斗兄さんが一番好きだった。
長兄はとても厳格で、自分に親しく接してくれたのは南斗兄さんだけだったから。
しかし今、高坂南斗の瞳に宿るのは嫌悪と苛立ちだけだ。
相沢湘子のか弱い声が聞こえてくる。「南斗兄さん、これは檸檬お姉さんのせいじゃありません。あの子が高坂家の一員になるのが嫌なのは知っていましたから。私が欲張りすぎたんです、家族が欲しいなんて……。私のことで喧嘩しないでください、ううっ……お二人とも、私にとってはとても大切な人なんです」
北斗兄さんは顔を上げ、高坂檸檬を睨みつけた。「これで満足か!あいつの親父がお前を助けるために死ななければ、あいつだって孤児にはならなかったんだ。お前みたいな恩知らず、助けるべきじゃなかった!いっそ死んでしまえばよかったんだ!」
高坂南斗は眉をひそめた。「檸檬、人には良心というものがある。俺たちは湘ちゃんを家族として扱うべきだ。これは高坂家が彼女に負っている借りであり、何より、お前が彼女に負っている借りなんだ。わかるか?」
「南斗兄さん、こいつみたいな恩知らずにわかるわけないだろ。わかってたら、湘ちゃんを水に突き落とすなんてことするもんか。相沢のおじさんは、こいつより犬でも助けた方がましだったぜ!」
高坂檸檬はまるで荒野にいるかのように感じ、全身が芯から冷え切っていた。
もしできることなら、自分は助け出されなければよかったのに、とさえ思う。
彼女は肺の焼けるような痛みをこらえ、かすれた声で口を開いた。「確かに私のせいです。もう二度としません」
——もう二度と、こんな愚かなことはしないから。
彼らが相沢湘子を妹として可愛がりたいのなら、自分は身を引こう。
「檸檬、お前、本当にわざとやったのか?湘ちゃんが泳げないのを知っててやったんだぞ。死人が出るところだったんだ!」
高坂南斗はひどく失望した。ただの事故だと思っていたのに、まさか本当に高坂檸檬が相沢湘子を死なせようとしていたとは。
高坂檸檬はいつからこんなに悪辣になったんだ?
その時、かかりつけの医者が駆けつけた。高坂北斗は振り返り、高坂檸檬を怒鳴りつける。「湘ちゃんに何かあったら、ただじゃおかないからな。大哥が帰ってきたら、きついお仕置きが待ってると思え」
高坂南斗も数歩ついて行ったが、振り返ると、高坂檸檬がずぶ濡れのまま、真っ青な顔でその場に立ち尽くしているのが見え、途端に少し心が揺らいだ。
彼は口を開いた。「先に部屋に戻って着替えておけ。パーティーがもうすぐ始まる」
高坂檸檬は何も言わなかった。やがて、その場には彼女がぽつんと一人だけ残された。
彼らが皆行ってしまうのを待ってから、彼女は腰をかがめて激しく咳き込んだ。まるで肺を吐き出してしまいそうなほどに。
喉の奥から込み上げる血の気を飲み込み、体に鞭打って部屋に戻った。
バスタブに横たわり、目を閉じると、前の人生で路上生活の末に闇に堕ち、相沢湘子を殺そうとしたことを思い出した。
しかし、失敗した。
彼女は長兄に精神病院に閉じ込められ、相沢湘子が手配した看護師に拷問されて死んだ。
彼女は顔を覆って声を上げて笑った。その声はどこか不気味だった。まったく、大したものだ。
高坂檸檬が再び目を開けた時、その眼差しは氷のように冷え切っていた。
高坂檸檬は服を着替え、目の前の寝室を見渡した。まだ少し見慣れない。
前の人生では、この寝室も最後には相沢湘子に譲り、自分は相沢湘子が使っていた小さな部屋で暮らした。
高坂檸檬は机の上の家族写真に目をやった。若い夫婦が赤ん坊を抱き、その傍らに六人の少年が立っている。
残念ながら、彼女が生まれて数年後、両親は交通事故で亡くなった。
運転手はまず彼女を助け出し、両親を助けに戻ったところでガソリンタンクが爆発し、運転手も命を落とした。
相沢湘子は、その運転手のたった一人の娘で、幼い頃から病弱だった。
事故の後、長兄は相沢湘子を高坂家に引き取り、彼女と一緒に育てた。
相沢湘子が現れてから、全てが変わってしまった。
大好きだった兄たちは、皆、相沢湘子に肩入れするようになった。
「相沢湘子は体が弱い。彼女に合った食事を作るために料理人を雇った。檸檬、お前は湘ちゃんがちゃんと食事をするよう見張ってやれ」
「高坂檸檬、湘ちゃんも絵を習いたいそうだ。お前もだいたい習得しただろう。先生を彼女に譲ってやれ」
「高坂檸檬、今度のコンクールはお前が辞退しろ。二位の湘ちゃんを学校代表として出場させる。彼女もずっと準備してきたんだ」
「高坂檸檬、湘ちゃんは成績が低い。お前は彼女と同じ大学を受験しろ。将来、面倒を見てやれるだろう」
……。
高坂檸檬は手を伸ばし、自分の頭を抱えた。心臓に細かい痛みがびっしりと広がっていく。
彼女は小さく、小さく呼吸を繰り返し、ようやくその痛みを飲み込んだ。
この人生では、もう二度と高坂家とは関わりたくない!
彼女は写真をしまい、俯いて荷物をまとめ始めた。
ほどなくして、使用人がドアをノックした。「お嬢様、パーティーが始まりました。南斗様がお着替えになって下りてくるようにと」
「わかったわ」
高坂檸檬はドアを開け、そのまま賑やかな会場へとまっすぐ向かった。
使用人は目を丸くし、呟いた。「お嬢様は一体何を……?もしや、ショックでおかしくなってしまわれたのでは?」
外のパーティー会場。
相沢湘子は白いイブニングドレスを身に纏い、黒いロングヘアを肩に流し、清純で心優しい隣の家の妹といった風情だった。
南斗兄さんと北斗兄さんはその傍らに立ち、穏やかで甘やかすような眼差しで相沢湘子を見つめている。
その光景は、どこからどう見ても心温まるものだった。
高坂南斗は思わず高坂檸檬のことを考えてしまった。彼女もこれくらい素直で聞き分けが良ければいいものを。
ここ数年、高坂檸檬の性格はますます傲慢で傍若無人になってきている。
「高坂檸檬が来たぞ!」
