第4章
橘善和の向かいに座る私の手には、まるで精巧に編まれた蜘蛛の巣のような来客名簿が握られていた。
「こちらが最終的な招待者リストです。
橘善和の向かいに座る私の手には、まるで精巧に編まれた蜘蛛の巣のような来客名簿が握られていた。
「こちらが最終的な招待者リストです。どうぞ、ご確認ください」
私は金縁のリストを彼の前にそっと押しやりながら、そつのない笑みを浮かべた。
橘善和はリストを受け取ると、見慣れた名字の数々に素早く目を通していく。財閥界の中心人物、政界の要人、ビジネスパートナー……そして、彼の心臓を跳ね上がらせたその名前にたどり着くまで。
「水野透?」
彼の声は、わずかに震えているようだった。
「ええ」
私は頷き、まるで天気の話でもするかのように軽い口調で続ける。
「彼には特別にメインテーブルのお席をご用意しました。あなたの右隣です。せっかくの特別ゲストですもの、これくらいのお席をご用意してこそ、私達の音楽芸術に対する敬意が示せるというものでしょう」
橘善和の指がリストの縁を強く握りしめ、紙が微かに軋む音を立てた。
「夢佳、メインテーブルは最重要のビジネスパートナーや年長者のための席だ……」
「善和くん」
私は彼の言葉を遮り、目に一瞬、傷ついたような色を浮かべる。
「透くんの国際的な名声が、私達のパーティーに相応しくないとお思いなの? 彼はショパン国際ピアノコンクールで金賞を受賞し、ウィーンやニューヨークでもリサイタルを開いたのよ」
「そういう意味じゃない……」
「では、ご自身が、そんな素晴らしい友人に相応しくないとお考えなの?」
私は首を傾げ、無邪気な口調の中に、致命的な暗示を込めた。
「善和くん、夫婦は栄誉も屈辱も共にすべきでしょう。透くんが来てくださることは、あなたの品位と人脈をより多くの人に見せつける絶好の機会になるわ」
この問い返しは、重い一撃となって橘善和の急所を打ち抜いた。
彼は自分が「相応しくない」とは認められない。ましてや、妻の前で内なる嫉妬と不安を晒すことなどできるはずもなかった。
空気が凍りついたかのようだ。
長い沈黙の末、橘善和は苦しげに頷いた。
「君がそう決めたのなら、それで……君の言う通りにしよう」
私はリストを回収し、目に得意の色を一瞬だけよぎらせる。
「善和くんが私の決定を支持してくださると信じていましたわ。招待状は明日にも発送できます」
夕闇が迫る頃、銀座の高級フレンチレストランではキャンドルの灯が揺らめいていたが、個室内の空気は異様なほど張り詰めていた。佐藤理恵は藤原健太の向かいに座り、丹念に施した化粧も薄暗い照明の下ではどこか歪んで見える。
「藤原さん、財閥のスキャンダルを専門に調査なさっているなら、橘家の内情にもご興味がおありでしょう?」
彼女はワイングラスを手に取り、声に微かな震えを滲ませた。
藤原健太は眼鏡を押し上げ、鋭い視線で突如連絡してきたこの女を吟味する。
「佐藤さん、重要な情報を提供してくださるとのことでしたが、具体的には何ですかな」
「星野夢佳とピアニスト、水野透の不適切な関係についてです」
佐藤理恵は声を潜めた。
「彼らは幼い頃から特別な感情を抱いていて、今では見え見えの……」
「証拠は?」
藤原健太は簡潔に尋ねた。
佐藤理恵はハンドバッグから数枚の写真を取り出す。それはまさしく、夢佳がカフェで水野透に真珠のネックレスを渡している場面だった。
「この親密な仕草、それに彼女の眼差しに宿る深い情……」
藤原健太は写真を注意深く観察し、次第に眉をひそめた。
「佐藤さん、本気でこれを? 星野家の令嬢を誹謗中傷した結果がどうなるか……」
「確たる証拠です!」
佐藤理恵は昂ぶった。
「彼女は先祖代々の真珠のネックレスを彼に貸したんです! あれは最も大切な人にしか触れさせない宝物なのですよ!」
その時、個室のドアが静かに開き、ウェイターが入ってきた。
「お話中失礼いたします。ある女性の方から伝言を預かっております」
藤原健太はメモを受け取ると、たちまち複雑な表情になった。紙には、優雅な筆跡で一行だけ記されている。
『藤原様、星野夢佳が夫の事業を支える物語の方が、読者も興味を持つと信じておりますわ。——とある友人より』
藤原健太の表情の変化を見て、佐藤理恵は不安げに尋ねた。
「どうしたの?」
「佐藤さん」
藤原健太は写真を彼女に押し返した。
「この角度からの記事は、あまり適切ではないように思います。むしろ、橘夫人が夫の誕生日パーティーのために国際的に著名なピアニストを招待した、という話の方がよほどポジティブな価値がある」
佐藤理恵の顔から血の気が引いた。自分が周到に計画した反撃が、こうも先回りされて潰されるとは思いもしなかったのだ。
夜は更け、橘家の邸宅のリビングは春のように暖かい。私は白い本革のソファに腰掛け、美しいカードを手に何かを小声で読み上げていた。
橘善和がドアを開けて入ってきて、私の真剣な様子に気づき、興味深そうに近づいてきた。
「こんなに遅くまで仕事かい?」
彼は私の隣に腰を下ろした。
「明日の夜、透くんに申し上げる感謝の言葉を準備しているの」
私は顔を上げ、純真な光を宿した瞳で彼を見つめた。
「彼がわざわざあなたのために演奏してくださるのだから、私が相応しい感謝の意を伝えなければ」
橘善和の体が、一瞬で強張った。
私は一つ咳払いをし、朗読を始める。
「親愛なる透くん、善和の誕生日にこんなにも素晴らしい音楽を届けてくれてありがとう。小さい頃からずっと、あなたはいつも私の心の機微を読み取り、言葉にできない想いを音符で表現してくれたわ……」
一言一句が、鋼の針のように橘善和の心を突き刺していく。
「あなたはいつも、私の瞳には星が宿っていると言ってくれたわね」
私は読み続け、声は次第に柔らかくなっていく。
「この世には、私の魂の奥底にある光を見つけてくれる人がいるのだと、信じさせてくれてありがとう……」
橘善和の拳は、青白くなるほど固く握りしめられていた。
読み終えた後、私は彼の方を向き、問いかけるように見つめる。
「善和くん、この表現で、おかしくないかしら?」
彼は声の震えを必死に抑え込んだ。
「……とても、いいと思う」
「よかったわ!」
私は嬉しそうに微笑み、それから不意に彼に顔を寄せ、真剣な眼差しで彼の瞳を覗き込んだ。
「善和くん、私の瞳には何が見える?」
その問いは、橘善和を完全に打ちのめした。彼は「俺がいる」と言いたかったが、喉に綿でも詰まったかのようだ。「愛が見える」と言いたかったが、その愛が明らかに自分のものではないことはわかっていた。
「俺には……見えるのは……」
彼の声は嗚咽に変わった。
私は彼の頬を優しく撫で、羽のように柔らかな声で囁いた。
「あなたに何が見えようとも、覚えていて。あなたが、永遠に私の一番大切な人よ」
その言葉は慰めをもたらすはずだったが、橘善和にとっては最も残酷な拷問だった。「一番大切」と「一番愛している」の間には、どれほどの距離が横たわっているのだろうか?
彼はその答えを知っていたが、認める勇気はなかった。
真夜中、私は一人、二階の寝室のバルコニーに立ち、東京湾の無数の灯りを見下ろしていた。潮風が頬を優しく撫で、ほのかに塩の香りを運んでくる。
携帯が震え、水野透からのメッセージがポップアップ表示された。
『夢佳、明日の曲目は決まった。すべて君の計画通りに進める』
私は素早く返信する。
『ありがとう、透くん。明日の演奏は、彼にとって忘れられないものになるわ』
メッセージを送信し終えると、私は携帯を手すりの上に置き、夜風を深く吸い込んだ。
【ピーン——対象の心理的防御ラインの継続的な瓦解を検知】
【心抉り値+15%、現在合計55%】
【新スキル解放:シチュエーション・コントロール——緻密に設計された状況により、対象の強烈な感情反応を誘発可能】
【システム警告:対象の心理状態が臨界点に接近中。ホストは最終プランの準備を推奨】
【ワンポイントアドバイス:次段階は白熱の対決に突入します。ホストは冷静さを保ってください】
