第1話 見知らぬ人の呼び声

女の勘というのは、時としてそれほどまでに鋭いものだ。

金曜の夜。夫である小林陸はシャワーを浴びていた。バスルームの曇りガラスの向こうから、彼が口ずさむ古い軍歌がタイルの壁に反響してくぐもって聞こえる。私はリビングのコーヒーテーブルに患者のカルテを広げ、月曜のセッション準備に没頭しようとしていた。その時だった。テーブルの隅で、彼のスマートフォンが静寂を破って淡く光ったのは。

市外局番からの着信。名前の表示はない。

私はバスルームのドアに目をやった。ドアの隙間から、すでに湯気が白い舌のように漏れ出している。陸のシャワーはいつも二十分と長い。あれも、元海兵隊員だった頃の癖なのだという。

再び、スマートフォンが短く震えた。同じ番号からだ。

「もしもし?」

考えるより先に、私は電話に出ていた。

完全な沈黙。間違い電話をかけてしまった時のような、戸惑いの混じった気配ではない。これは意図的な無言だ。電話の向こうの相手は、今この電話に出たのが誰かを正確に把握している。そして、その事実が決定的な何かを意味することも、きっと。

プツッ。

一方的に切られた通話。暗くなった画面を見つめる私の腕に、じわりと鳥肌が立った。長年、人の心を読み解くことを生業にしてきたせいだろうか。何かが決定的に「おかしい」時、私の第六感は警報を鳴らす。これは職業病とでも言うべき、後天的な直感だった。

陸は私の前ではスマートフォンのロックをかけない。もう何年も前から。それは恋人たちの間で、言葉以上の意味を持つ、ささやかな節目だったはずだ。

着信履歴をスクロールし、先程の番号を探す。しかし、私の指が見つけ出したのは、登録された名前だった。

渡辺絵美。

プロフィール写真は設定されておらず、通知はオフ。二人のメッセージ履歴はほとんど空だったが、私の胃の腑を冷たくさせるには十分な、一件の未読メッセージがそこにはあった。

『会いたい』

十八分前の送信。

じっとりと、手のひらが汗ばむ。陸は、浮気をしている。その思考は、私が難しい診断を下す時と同じ、奇妙に醒めた臨床的な冷静さで頭に浮かんだ。明確で、事実で、そして破壊的な結論だった。

でも、待って。渡辺絵美……。どうして、その名前に聞き覚えがあるのだろう?

彼女のSNSアカウントはすぐに見つかった。若く、明るい金髪に染めた、おそらく二十代半ばの女性。その屈託のない笑顔は、人生で一度も本気で傷ついたことなどない人間のそれに見えた。プロフィール欄にはこうある。『松雲大学心理学研究科大学院生。専門はトラウマからの回復』

喉が、ひゅっと締め付けられるような感覚がした。

彼女の投稿は、学術論文のシェアなど、典型的な大学院生のものだった。だが、三日前の投稿が、私の全身を凍りつかせた。『PTSD患者における情緒的依存』と題された研究論文のリンク。そこに、彼女は無邪気なコメントを添えていた。『本物の症例にアクセスできると、学べることは本当にすごい』

そして、その投稿の隅には、一枚の画像が添付されていた。不自然に切り取られたスクリーンショット。全ては読み取れなかったが、それだけで十分だった。心理評価報告書のヘッダー。私が、全ての患者のために記入する、あの見慣れた書式のものだ。

この女、私のクリニックの機密ファイルにアクセスしている。

指が思考よりも速く動いていた。陸の銀行アプリへと切り替える。この底なし沼に堕ちるというのなら、その深さをとことん確かめてやろうじゃないか。

数字は、雄弁に真実を物語っていた。渡辺絵美への送金履歴は三ヶ月前に遡る。最初は二、三万という少額だったものが、やがて月三十万円にまで膨れ上がっている。名目は『研究協力費』。そして、昨日の日付の支払いが目に飛び込んできた。五万円。メモには『今夜の食事代として』。

その送金に対する彼女からの返信。『待ちきれない。もう会いたい』

私は、クリニックの金で、夫の浮気の資金を援助していたのだ。

ザーザーと鳴り響いていたシャワーの音が、不意に止んだ。私は慌てて全てのアプリを閉じ、スマートフォンを元の場所に戻す。陸が腰にタオルを一枚巻いただけの姿でバスルームから出てきた時、私は何事もなかったかのようにカルテから顔を上げた。完璧な仮面を被れている自信は、なかったけれど。

彼はまだ、格好良かった。彼の兄である小林翔大が、最初に陸を私の元へ連れてきてからもう六年が経つ。医師と患者の境界線がまだ意味を持っていた頃に私の心を捉えた、あの引き締まった肉体は健在だった。

彼の顔を見なさい、と私は自分に命じる。どんな綻びを見せるか、見届けるのよ。

「電話があったわよ」私は、声が震えないように細心の注意を払いながら言った。「何も言わずに切れたけど」

陸はスマートフォンを手に取った。彼の親指が、画面の上でほんの一瞬、ためらう。古典的だが、何よりも雄弁な兆候だった。

「迷惑電話だろ」彼はもう私に背を向け、ドレッサーに向かいながら言った。「よくあることさ」

彼はジーンズとセーターを手に取ると、続けてベイプペンに手を伸ばした。

「ちょっと外の空気、吸ってくる」

ええ、そうでしょうね。こっそり彼女に返信するために。

彼が部屋に戻ってきた時、すでにジャケットを羽織っていた。

「なあ、悪い。急に出かけなきゃならなくなった。鈴木先生から緊急の呼び出しでさ。深刻な戦闘トラウマを抱えた奴が運び込まれてきたらしくて、経験者に話を聞かせて落ち着かせてほしいんだと」

その嘘は、芸術的ですらあった。現実味を帯びるほどに具体的で、同情心に訴えかけるほどに専門的で、そして夜九時に家を飛び出すことを正当化するほどに緊急性を帯びていた。

「高橋裕太も向こうで合流することになってる」彼は鍵をポケットに滑り込ませながら付け加えた。「徹夜になるかも。先に寝ててくれ」

私は、ただ頷いた。

「気をつけて」

ドアが閉まる音を聞きながら、私は一人、発見してしまった事実の重みに押し潰されそうになりながらソファに座り込んでいた。暖炉の上に飾られた私たちの結婚式の写真が、幸せそうに私に微笑みかけている。ウェディングドレスに身を包んだ、輝く三十四歳の私。海兵隊の礼服を着こなした、三十一歳の彼。初めて会った最後のセッションの後、カフェでコーヒーを飲みながら、私の心の壁を溶かしていった、あの悪戯っぽい笑みを浮かべて。

疑問が頭の中を渦巻く。なぜ、渡辺絵美なの? いつから? そして何より、どうして私は、彼女にどこかで会ったことがあるというこの感覚を、振り払うことができないのだろう?

その時、雷に打たれたような衝撃が走った。

思い出した。渡辺絵美にどこで会ったのか。私たちは、直接顔を合わせていた。

その記憶が、全てを変えた。

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