第4章
春川真希視点
賢治が返事をする前に、裕也がドアを押し開け始めた。だから賢治はさっと電気を消し、部屋は完全な暗闇に包まれた。窓から差し込むかすかな月明かり以外、ほとんど何も見えない。
心臓がうるさいくらいに鳴っている。私の服は全部床のどこかに散らばっているはずだけど、賢治が拾ってくれたに違いない。そっと外を覗いても何も見えないから。
「賢治、起きてるか?」裕也の声が部屋に響く。
「ああ」と賢治が言う。「どうしたんだ?」
「なんで暗闇で座ってんだよ。まだ九時だぞ」
「頭痛だ」賢治は素っ気なく言った。「光が当たるとひどくなるんだ」
私は毛布の下で賢治の体にぴったりとくっついて、身動きもせず、息もなるべく静かにしようと努めていた。
裕也が何かにどさりと座り込んだ。「賢治、今日の話聞いたら信じらんねえぞ」
「何が?」
「悠里に振られた」裕也は本気でショックを受けているようだった。「マジでありえなくね? この俺が。俺に断りやがったんだぜ」
声を漏らさないように唇を噛む。笑ってしまいそうな自分もいる。裕也のプライドって、なんて脆いんだろう。
「単に興味がなかっただけだろ」と賢治が言う。
「興味がない? この俺に?」裕也は笑った。「まさか。駆け引きしてんだろ。女ってそういうことばっかするじゃんか」
うわ、マジで自信過剰すぎて引くんだけど。
「あるいは、本気で『いや』って意味だったのかもな」と賢治は言う。
「ないない。俺は山田裕也だぞ。俺にノーって言う女はいねえよ」彼が立ち上がって、部屋を歩き回る音が聞こえる。「幸い、俺が告る前に真希がネックレス投げてどっか行ったから、振られるとこは見られずに済んだけどな。マジで恥かくとこだったぜ」
「ていうか、真希が俺が悠里に振られるの見てたとこ想像してみろよ。多分、自分にもチャンスがあるとか勘違いしただろうな」裕也は笑う。「あいつがあのゴタゴタの前に消えてくれて助かったぜ」
賢治は何も言わない。でも、彼の呼吸が速くなっているのが感じられた。
「なんか俺の腕、鈍ったのかもな」裕也は続ける。「試してみる必要あるかも。わかるだろ? まだイケるってことを確かめないと」
「どうやって試すんだ?」
「明日、真希でも探すか。あいつは手っ取り早く自信を取り戻させてくれるからな」裕也の声が独りよがりになる。「あいつ、俺にベタ惚れだから。多分、何でも言うこと聞かせられるぜ」
彼の言葉を聞いていると吐き気がする。私が、彼のプライドを修復するためだけに存在するおもちゃみたいに。
「彼女はそんなに悪いやつじゃない」賢治が静かに言った。
「悪くない? そうね、あいつは哀れだよ。でも、だからこそ都合がいいんだろ? 俺が必要な時にはいつでもそばにいる」
毛布の下で、私は涙を必死にこらえていた。これが彼の本心。これが、彼が友達に話している私の姿なんだ。
足音が聞こえ、それから裕也が風呂部屋を使うと言って声が低くなった。
賢治が身をかがめて、私の耳に囁いた。「大丈夫か?」
私は頷いた。
裕也が戻ってきた。「なあ、これ誰のパンツ?」
血の気が引いた。風呂部屋の洗濯カゴに下着を入れっぱなしだったのを忘れてた。
「何のパンツだ?」賢治はそう尋ねたが、声には緊張が走っていた。
「洗濯カゴに入ってた女物の下着だよ」裕也は面白そうだ。「賢治、お前侮れないな。女連れ込んでたのか?」
「違う」賢治は素早く答える。
「いいじゃねえか、別に。誰にも言わねえよ」裕也の足音がベッドに近づいてくる。「まだいんのか?」
「裕也、もういいだろ」
だが、裕也は間違いなくベッドに向かって歩いてきている。薄い毛布越しに彼の影が見える。
「この下にいんのか?」裕也は嬉しそうだ。「マジかよ、賢治。誰だよ?」
「誰もいない」と賢治は言う。
裕也の手が毛布に伸びてくるのを感じて、私はパニックになった。考えるより先に、私は賢治のお腹の上で手を滑らせた。彼の肌の下にある硬い筋肉を感じる。
賢治の体が完全に硬直した。彼が息を呑む音が聞こえる。
「大丈夫か?」裕也が尋ねる。「なんか変な声だぞ」
「何でもない」賢治の声は張り詰めていた。
やめるべきだってわかってる。でも、裕也が私のことをゴミみたいに話すのを聞いていたら、何か無茶なことをしたくなった。私は賢治の腹筋を指でなぞる。彼の呼吸が速くなっていくのを感じながら。
「コンドーム、いくつか貸してくんね?」裕也が何気なく尋ねた。「明日、真希見つけた時用にな」
毛布の下で、賢治の手が私の手を強く掴み、動きを止めた。その握力は強い。
「女の子をそんな風に言うな」賢治が言った。今まで聞いたことのないような、鋭い声だった。
「なんだよ? 正直に言ってるだけだろ。真希はちょろい。俺のためなら何でもするって」
賢治の筋肉が、何かを殴りつけたいかのように緊張するのがわかった。彼の指が毛布の下で私の首筋を探り当て、動けないように固定する。
「彼女のことをそんな風に言うな」賢治は繰り返した。
裕也は笑う。「いつから真希のことなんか気にかけるようになったんだ? お前、あいつと話したこともねえだろ」
「昔からだ。あいつはモノみたいに扱われていい人間じゃない」
長い沈黙。私は息もろくにできなかった。
「まあ、いいや」裕也がようやく言った。「俺はもう行くわ。今夜、どっかで女でも探すかな」
「じゃあな、賢治。次は、その謎の女、紹介しろよ」
ドアが閉まる音が聞こえ、私たちは二人とも一分ほど固まったままだった。ようやく、賢治が私の頭から毛布を剥がした。
「行ったぞ」彼は囁いた。
でも、安堵の代わりに、私は賢治の瞳の中に別のものを見た。彼は……怒っているように見えた。
