第3章

母の家の客間には、まだ私の古いポスターが貼られたままだった。色あせた建築の名所の数々――美術館や市立劇場。世界が私を待っていると信じて疑わなかった頃、いつか訪れたいと夢見ていた場所だ。

それは私が、自分を押し殺して生きることを覚える前のことだった。

自宅のキッチンに宮川雄次を置き去りにして出てきてから、一週間が経っていた。子供の頃に使っていたベッドで眠り、廊下を歩く母の気遣わしげな足音で目を覚ます七日間。漂ってくるコーヒーの香りは、誰かの機嫌を取るためのものではない。

母の具合は良くなっていた。正直なところ、私が予想していたよりもずっと。

医師の話では、重篤な心臓発作ではなかったという。軽い発作で、いわば警告のようなものだった。六十五歳という年齢もあり、血圧が急上昇したところに急に立ち上がって、その拍子に意識を失っただけだという。薬の調整を行い、数日間の経過観察を経て、安静にするよう指導されて退院した。

母はその言いつけを、これっぽっちも守っていなかった。昨日など、車庫の整理をしているところを見つけたくらいだ。

それでも母はここにいる。生きている。大事なのはそれだけだ。

だが、私の頭の中をぐるぐると巡り続けていたのは、こんなことだった。たとえあの夜、宮川雄次が来ていたとしても、結果は同じだっただろう。医師たちは同じ検査をし、同じ処置を施し、同じ薬を処方したはずだ。

彼の存在が、医学的な現実を変えることはなかっただろう。

だが、私は独りぼっちではなかったはずだ。

そのことが頭から離れなかった。私は宮川雄次に、母を救ってほしかったわけではない。何かを決断したり、医者と話したり、英雄的なことをしてほしかったわけでもない。

ただ、あの待合室で隣に座っていてほしかっただけなのだ。

同意書にサインをする間、私の手を握っていてほしかった。

たとえ根拠がなくても、「大丈夫だ」と言ってほしかった。

宮川雄次には、それさえもできなかったのだ。

八日目の朝、パソコンを開いたまま、飲み忘れた紅茶を前にキッチンテーブルに座っている私を母が見つけた。

「もう一週間も家に帰っていないじゃない」と母が言った。

「わかってる」

母は私の向かいに腰を下ろし、ただ待っていた。

私は昔から、泣くのを我慢するのが得意だった。声を震わせず、表情を消し、感情を誰の迷惑にもならない小さな箱の中に綺麗にしまい込むことにかけては長けていたのだ。

しかし、母のキッチンには――宿題をしたテーブル、結婚式の前に朝食をとった場所、父が死んだ時に抱きしめてもらったその場所には――その箱をこじ開ける何かがあった。

私はすべてを話した。あのレシートのこと、行動パターン、透明人間のように過ごした三年間。一千二百万円と私の名前が載っていないウェブサイト。病院のこと、高級料亭、そして本葛餅のことまで。

泣きはしなかった。声は淡々としていた。けれど、ティーカップを握る手は震えていた。

話し終えると、母はテーブル越しに手を伸ばし、私の手を両手で包み込んだ。

「どうしたいの?」母は尋ねた。

「もう終わりにしたいんだと思う」私は顔を上げて母を見た。「ううん。終わらせたいって、わかってる」

母は私の手をぎゅっと握った。「なら、そうしなさい。誰の許可も待つ必要なんてないわ」

その日の午後、私は弁護士を見つけた。

佐藤咲良は市街地に事務所を構えていた。壁には有名大学の学位記が飾られ、彼女は私のノートに目を通しながら、左手の結婚指輪を無意識にいじっていた。

「素晴らしい記録ですね」二十分後、彼女は言った。

「デザイナーですから。何でも記録に残す癖があるんです」

「それは非常に有利に働きますよ」彼女はノートを閉じ、私をまっすぐに見据えた。「M市の財産分与では、夫婦の共有財産は機械的に半分ずつではなく、諸般の事情を考慮して分割されます。あなたには事業への投資に関する明確な記録がある。これはあなたの主張を強力に後押しするでしょう」

「ビジネスなんていりません」と私は言った。「ただ、私のお金を返してほしいだけなんです」

「それはむしろ好都合ですね。財産分与の算定がずっと明確になりますから」

彼女は椅子の背もたれに身を預けた。

「これだけの記録があれば、こちらの主張は通りやすいでしょう。調停を申し立てるより、協議離婚を選ぶ人がほとんどです。そのほうが早いですし、費用も安く済みますし、何より世間体も保てますから」

「どのくらいかかりますか?」

「相手が話し合いに応じてくれるなら、数ヶ月といったところでしょうか。もし争う姿勢を見せるなら……」彼女は肩をすくめた。「もっと長引くかもしれません」

私は宮川雄次のことを考えた。自分の体裁が悪くなることに対して、彼がどれほど必死に抗うか。自分こそが被害者なのだと信じ込ませるまで、どれほど正当化し、弁明し、論点をすり替えてくるか。

「彼は示談に応じます」私は言った。「公になるのを嫌がるはずですから」

咲良はかすかに微笑んだ。「そう願いたいですね」

三日後、私はあの家に戻った。私たちの家。いや、宮川雄次の家だ。

あらかじめメッセージは送ってあった。「荷物を取りに行きます。留守にしていてください」

彼にしては殊勝なことに、その要望は守られていた。

家の中の空気は以前とは違っていた。どこか狭く感じられるというか……あるいは単に、母の家の空き部屋の広さに慣れてしまっただけかもしれない。予算オーバーだったにもかかわらず宮川雄次が強引に導入した無垢材の床に、私の足音が響いた。

私は手際よく動いた。仕事部屋からノートパソコン、タブレット、デザインのデータが入った外付けハードディスク。顧客リスト、契約書、請求書。私が働き、稼ぎ、存在していたことを証明するすべてのものを回収した。

リビングには写真を飾った壁がある。結婚式、旅行、友人たちとの休日。写真の中の宮川雄次と私は笑い合っているが、まるで他人の人生を覗き見ているような気分だった。

私は結婚式の写真の前で足を止めた。二十五歳の私は輝いていて、愛さえあれば十分だと信じて疑っていなかった。宮川雄次はまるで、私をこの世で一番大切な宝物であるかのように見つめていた。

いつから変わってしまったのだろう?

それとも、最初からすべて幻想だったのだろうか?

写真は壁に残したままにした。お揃いのマグカップも、一緒に買ったブランケットも、来ることのなかった「特別な日」のために取っておいたワインも、すべて置いてきた。

私が持ち出したのは、私のものだけ。私が稼ぎ、私が築き上げたものだけだ。

出る直前、古い封筒の裏に書き置きをした。それを食卓の、あの薔薇が置かれていたのとまったく同じ場所に置いた。

「雄次へ

1200万円の返済と、投資に対する正当な利子を求めます。それが無理なら、会社の株式の二五パーセントを譲渡してください。

今後の連絡は私の弁護士、佐藤咲良まで。

薔薇は私がもらいました。それ以外はすべてあなたのものです。

遥」

母の家に着く前から、携帯が鳴り始めた。

宮川雄次。宮川雄次。宮川雄次。

車庫を車で入る頃には、不在着信は十七件になっていた。

荷物を降ろしている間にも、メッセージが次々と届く。

「遥、頼むよ。話をしよう」

「正気か? 勝手に出ていくなんて許されないぞ」

「お義母さんのことは悪かったと思ってる、いいだろ? 謝ったじゃないか」

「お前は大げさなんだよ」

「電話に出ろ」

「電話に出ろって言ってるんだ」

私はすべてに目を通した。彼がいつになったら「悪かった」の一言では済まされないと気づくのだろうかという、どこか冷めた好奇心以外、何も感じなかった。

最後に、私は一通だけ返信を打った。「話なら弁護士を通してください」

そして、彼の番号を着信拒否に設定した。

その夜、私は子供の頃のベッドに横たわり、天井を見上げていた。暗闇で光る星のシールはまだそこにあった。十五歳の頃、自分なら宇宙の地図さえ描けると信じて貼り付けたものだ。

宮川雄次と結婚した頃の自分を思い出した。彼の夢を支えたいとあんなにも切望し、良き妻であるためには、自分を小さく、静かに、都合の良い存在にすることだと信じ込んでいた私。

愛とは犠牲のことだと思っていた。

だが蓋を開けてみれば、それは単なる……「犠牲」でしかなかった。

彼を愛したことは後悔していない。その過程で自分自身を見失ったことが悔やまれるのだ。失望を飲み込むたびに、本当は大丈夫じゃないのに「いいよ」と言ってしまったこと。自分の望みはいつでも後回しでいいと信じてしまったことが、悔しかった。

でも、私は元の自分に戻れる。道のりはもう半分まで来ているのだから。

携帯がブブッと震えた。宮川雄次だ。違う番号からかけてきている。

私は電源を切った。そして三年ぶりに初めて、朝まで一度も目覚めることなく眠った。

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