第4章

私はハンドルを固く握りしめ、正人のハーレーから安全な距離を保って後を追った。助手席に置かれた事故の写真は、熱い烙印のように私の心を焦がし、正人が何かを隠しているのだと絶えず訴えかけてくる。

工業地帯を抜ける頃には、沈みゆく太陽がフロントガラスに長い影を落としていた。空気はモーターオイルと金属の匂いで重い。ここは、手入れの行き届いたS大学のキャンパスとは別世界だった。周りには老朽化した倉庫や錆びついたフェンス、そして一度でも穴にはまればバラバラになりそうな車が並んでいる。

正人のバイクが、一軒の自動車修理工場の前で停まった。看板には「木村自動車」と乱暴な赤い文字で書かれ、その塗装はすでに剥がれかけていた。

私は通りの向かいに車を停めた。心臓が肋骨を叩くように激しく鼓動している。ここが、彼の縄張りだというの?

薄汚れた窓越しに、正人がガレージに入っていくのが見えた。彼は革ジャンを脱ぎ、目を奪われるような刺青に覆われた筋肉質な腕を露わにする。そして、黒いハーレーの整備を始めた。その動きは手慣れていて、迷いがない。

彼をじっと見つめていると、強烈な既視感に襲われた。

この匂い……。

モーターオイルと金属の匂い、ツンとくるガソリンの香り、そして自動車修理工場でしか嗅ぐことのできない独特の混じり合った匂い。脳の奥深くで何かが、必死に壁を打ち破ろうと暴れている。

私はこの匂いを知っている。

どうして、私はこの匂いを覚えているんだろう?

車のドアに寄りかかり、目を閉じる。その懐かしい感覚が神経に染み渡っていくのに身を任せた。すると突然、記憶の断片が雨のように降り注いできた。

雨の夜。眩いヘッドライト。エンジンの轟音。

はっと目を見開くと、心臓が胸から飛び出しそうだった。

今の、何?

さらに映像が点滅する。漆黒の夜、視界をぼやかす雨、何かに乗っている私――いや、走っている。誰かに追われている。エンジンの音がどんどん近づいて、大きくなってくる。

そして人影。バイク。ヘルメットを被った誰かが、私を安全な場所へ連れて行こうと駆け寄ってくる。

正人。

「思い出した」私は震えながら囁いた。「あの夜、私は逃げてた。誰かに追われてて、そしたら正人が……」

さらなる記憶が蘇る。手には書類。誰かが殺してでも手に入れたいと思うほど重要な書類。事故に遭う前、私は何かを発見してしまったのだ。

私は、命からがら逃げていた。

その事実は、雷に打たれたような衝撃だった。あの衝突は事故なんかじゃなかった。最初から。

私は車から飛び出し、ガレージのドアへと真っ直ぐ向かった。答えが欲しかった。今すぐ。

中は薄暗く、グリースの匂いが立ち込めていた。正人は作業台の前に立ち、部品を磨くことに集中している。足音に気づいて顔を上げた。

私を見ると、彼の表情はたちまち警戒心を露わにした。「どうやってここがわかった?」

「嘘はやめて!」私は写真を突きつけた。声が怒りで震える。「これをどう説明するの?」

正人の顔から血の気が引いた。彼は工具を置くと、深くため息をついた。「本当に俺のこと、覚えてないんだな?」

「何の話をしてるの?」

「もう思い出すことはないと思ってた」彼の声には、深い疲労感が滲んでいた。「お前が目を覚ました時、認識できたのはあのスーツを着た金持ちの坊ちゃんだけだったからな」

「望のこと? あなた、望を知ってるの?」

正人は苦々しげに笑った。「知ってるか、だと? 俺は、お前があのクソ野郎にすべてを捧げるのを、真実も告げられずに見てるしかなかったんだぞ」

「真実って何?」私の声が上ずる。「一体、何の話をしてるのよ!」

正人が一歩近づいた。その瞳には、今まで見たこともない痛みが宿っている。「千鶴。四年間、俺はずっと陰からお前を守ってきた。お前を見守り、安全を確かめてきた。でも、近づくことも、真実を告げることもできなかった。そんなことをすれば、お前をさらに危険に晒すことになるからだ」

「四年間?」頭が高速で回転する。「それって……事故の時からずっと、あなたが……」

「事故の前からだ」彼は言葉を遮った。「あの夜、お前は何か危険なことを突き止めた。そして俺に電話してきて、誰かにお前の命が狙われていると告げた。俺はバイクを飛ばしてお前を迎えに行ったが、間に合わなかった」

部屋の空気が固まったようだった。自分の世界が、崖っぷちに立たされているような気がした。

「馬鹿なこと言わないで」私は首を振った。「そんなはずない。私はあなたを知らないし、一度も……」

「お前が覚えていないからといって、それがなかったことにはならない」正人の声が、さらに真剣味を帯びる。「千鶴、よく聞け。あの衝突は事故じゃない。誰かがお前を殺そうとした。そして、そいつらは今もそれを望んでる」

「何だって?」

「お前の記憶喪失は、奴らにとって予想外の贈り物だった。お前は発見したことを忘れ、俺を忘れ、すべてを忘れた。だから奴らはお前を生かし、あの金持ちの坊ちゃんをお前の救世主にして、奴らが用意した人生を生きさせてるんだ」

急に足の力が抜け、立っているために作業台に掴まらなければならなかった。「そんな……ありえない……。望は私を愛してくれてる。ずっと看病してくれて……」

「望?」正人の目に怒りの色がよぎった。「会ったこともない記憶喪失の事故被害者に、金持ちの坊ちゃんが本気で惚れるとでも思ったか?」

その言葉は、ナイフのように私の心を切り裂いた。

「あいつがどこまで知ってるかはわからん」正人の声が低くなる。「だが千鶴、俺を信じてくれ。お前の命は今も危険に晒されてる。もし記憶を取り戻し始めたら、もしあの秘密を思い出したら……」

「何の秘密よ!」私はほとんど叫んでいた。「一体、何の秘密だって言うのよ!」

正人は私を見た。その瞳は痛みに満ちている。「俺にもわからない。だが、その秘密はとてつもなく危険なものに違いない。だからこそ、俺はそれを思い出させることも、お前を再び危険に晒すこともできなかったんだ」

涙で視界が滲む。私が四年間信じてきたすべてが嘘だった。愛した人は私を騙し、私の人生は誰かに仕組まれたもので、そして、ろくに知りもしないこの男が、もしかしたら唯一、本当に私のことを想ってくれている人なのかもしれない。

「あなたは?」声が詰まった。「どうして私を助けるの? 私たち……どういう関係だったの?」

正人は長い間黙っていた。その表情は複雑で、読み取ることができない。

「本当に知りたいか?」彼はついに口を開いた。「それを知れば、すべてが変わってしまうかもしれないのに?」

心臓が止まりそうだったが、私は頷いた。

「お前は俺の彼女だったんだ、千鶴」その声は、羽のように優しかった。

世界がぐるぐると回る。気を失ってしまいそうだった。

「私たち……恋人なの?」

「恋人、なんて言葉じゃ足りないくらいにな」正人の瞳に浮かんだ優しさが、私の心を打ち砕いた。「お前は俺のすべてだった。そして俺は、お前を失った。事故のせいじゃない。目を覚ましたお前が、俺たちの愛をもう覚えていなかったからだ」

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