第3章

三日後、会社の会議室で衝撃的なニュースが発表された。

「銀河デザイン事務所が、我々『創想空間』との提携を決めたぞ!」

ディレクターが興奮気味に宣言した。

「業界トップクラスのデザイン会社だ!」

私は呆然とした。

銀河デザイン……それって、兄さんの会社じゃないの?

「このプロジェクトは極めて重要だ。誰か責任者をやりたい者はいるか?」

ほとんど条件反射で手を挙げていた。

「私がやります!」

ディレクターは驚いた。

「桐谷、本気か? プレッシャーは半端ないぞ……」

「本気です」

声は揺るがない。

「銀河デザインについて詳しいです。必ず成功させます」

兄さんと一緒に仕事できるなんて、またとないチャンスだわ!

プロジェクトを任されると、私はすぐに城崎霖へメッセージを送った。

『兄さん! そっちのプロジェクトの担当になったよ!』

返信は即座に。

『お前ならいけるって最初から信じてるよ』

午後、アシスタントの菫子がコーヒーとティラミスを持ってきた。

「アフタヌーンティーなんて頼んでないけど」

不思議に思って彼女を見た。

「城崎様からの差し入れです。昨夜はあまり眠れなかったでしょうから、糖分補給が必要だろうと」

菫子の目は羨望に満ちていた。

「灯先輩、お知り合いなんですか?」

瞬間、心臓の鼓動が早まった。

「うん。彼はどこ?」

現れるかと、あたりを見回した。

「城崎様は下でお待ちです。仕事が終わってから来てくれればいいと」

菫子の声には明らかな好奇心——ゴシップの匂いが混じっていた。

「灯先輩、城崎様って言い寄ってる?」

私は答えず、うつむいてティラミスを一口食べた。甘い味が舌の上で溶けていく。

確かに私の大好きな味だ。甘すぎず、ほのかなコーヒーの香り。

片付けを終え、階下へと急いだ。

彼は車の横に寄りかかって待っていた。今日の彼は白いシャツにダークカラーのスラックス姿。袖を肘までまくり上げ、引き締まった前腕を露わにしている。私を見ると、体を起こして歩み寄ってきた。

「ティラミスは美味しかったか?」私の手からバッグを受け取る。

「最近残業続きだと聞いたからな。栄養補給は大事だ」

「ありがとう、兄さん」

私は彼の隣を歩きながら駐車場へ向かう。

「今日はどうしてこっちへ?」

「事務所の場所が決まったから、お前を連れて見に行こうと思ってな。ついでに展示会のインスピレーションも湧くかもしれない」

彼は微笑んだ。

銀河デザイン事務所は都心の一等地にある高級オフィスビルに入っていた。三十二階のフロア全てが、城崎霖のスタジオになっている。

内装はすでに整っていた。私たちはデスクに並んで座り、展示会の細部について話し合った。

城崎霖のデザイン画が机の上に広げられている。私がその一つを指差して提案すると、彼は真剣に耳を傾け、時折頷いて同意してくれた。

「ここにインタラクティブな要素を加えたらどうかな……」

私はペンで図面に印を付ける。

「そうすれば、観客が兄さんのデザインコンセプトをもっと深く理解できると思う」

「いいアイデアだね」

彼は私が印を付けた場所を覗き込もうと身を乗り出した。瞬間、私たちの距離が縮まる。

彼の吐息が、ほのかなミントの香りを伴って私の耳元をくすぐった。私の体は思わず強張り、静まり返ったオフィスの中で、心臓の音がやけに大きく響く。

「灯?」

私の様子に気づき、彼は顔を上げた。

「どうした?」

顔が近かった。彼の瞳の虹彩まで見えるほど。その深邃な瞳が、私を見透かすようにじっと見つめている。

「な、なんでもない」

慌てて身を引こうとし、危うく椅子から転げ落ちそうになった。

城崎霖が咄嗟に私を支えた。腕が私の腰に回って、固定するのに絶妙な力加減だ。体勢のせいで私たちはさらに密着し、彼の体温さえ伝わってきた。

「気をつけろ」

彼の声は少し掠れていた。

「最近、疲れすぎなんじゃないか? フラフラしてるぞ」

疲れてなんていない。ただ、嬉しすぎるだけ。

もう彼には数えるほどしか会えないと思っていたから。

「お祝いしようよ」

私は提案した。

「私たち、まだ二人で食事したことないでしょ!」


帰宅の頃、私は日本酒を少し飲んで、ほろ酔い気分になっていた。

城崎霖の運転は安定している。助手席に身を預け、私は彼の横顔に見とれていた。

酔いに任せて、私は唐突に問いかけた。

「兄さん、ずっと私と一緒にいてくれる?」

ハンドルを握る彼の手の力が、明らかに強まった。

「ああ、もちろんだ」

「永遠に?」

「永遠にだ」

私は目を閉じ、黙り込んだ。

「灯?」

彼が静かに私の名を呼んだ。

私は答えず、寝たふりをした。

実際には意識ははっきりしていて、彼の体温も、漂ってくる微かな香りも感じ取れていた。

その感覚に心臓が早鐘を打つ。けれど目を開けるわけにはいかない。この艶めかしい雰囲気を壊していけない。

マンションの下に着くと、城崎霖が私の頬を優しく撫でた。

「着いたぞ」

その手はとても温かくて、私も思わず彼の掌に頬をすり寄せた。

城崎霖の呼吸が不意に荒くなった。

「灯……」

その声は少し掠れている。

目を開けると、彼が熱っぽい瞳で私を見つめていた。そこには、今まで見たこともないような情熱が宿っている。

危険な空気が満ちていた。キスされる——そう直感した。

心臓が破裂しそうだが。私は逃げるどころか、再び静かに瞼を閉じた。

だが、唇が重なることはなかった。

城崎霖は深く息を吸い込み、身を引いたのだ。

「部屋に戻りなさい」

彼の声はどこか不自然だった。

「もう遅い」

少し失望し、同時に安堵した。

本当にキスされたら、もう兄妹という関係には戻れなかっただろう。

兄妹という関係は、最も穏やかで、最も安定な絆だ。

けれど——私は本当に、兄妹であることだけを望んでいるの?

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