第86章 危機

「君、S市の人? 見ない顔だねえ!」

「こんな狭い街でも悪いのはうじゃうじゃいるんだ。気ぃつけな。迷子になったら、兄ちゃん心配で胸が痛むわぁ」

ねっとりした男の声が、耳の奥にまとわりつく。

「どいて」

冬木澪の声が冷えた。指先が、そのままスマホを握り締める。

「お、気が強いじゃん」

男が笑い、唾が飛んだ。

「そういうの、好きだわ。ぶりっ子よりずっと面白い」

そう言いながら、髪に触れようと手を伸ばす。

冬木澪は身をひねって避けた。目の奥の、最後の我慢が消える。

子どもの頃、父に護身術を叩き込まれた。

体づくりのつもりだったのに——こういう時に役に立つ。

「最後。どいて」...

ログインして続きを読む