第3章

由美視点

アパートは静まり返っている。灰色のソファ、ガラスのコーヒーテーブル、がらんとした壁。台所は使われた形跡がない。床には書類が散らばり、暗闇の中でノートパソコンが青白い光を放っている。

私は床に座り、ソファに背を預けている。隣には赤ワインのグラス。一口もつけていない。ノートパソコンは開いているが、カーソルが点滅しているだけだ。

指で床をトントンと叩く。またこの癖だ。

三年間、いくつもの危険信号があった。私はそのすべてを無視した。

もっと頑張れば、もっと自分を証明すれば、私がその両方になれると示せば……いつか彼は私を選んでくれると思っていた。

馬鹿みたい。

ノートパソコンを近くに引き寄せる。画面には『証拠』と題された白紙のドキュメントが表示されている。キーボードを打ち始めるが、すぐにやめた。代わりにスマートフォンを掴む。古い写真をスクロールしていく。遡れば遡るほど、心が冷えていくのを感じる。

スマートフォンが一枚の写真で止まる。桜原テックのシリーズAのパーティーだ。亮が中央にいて、シャンパンを掲げ、皆に満面の笑みを向けている。私は端の方にいて、半分フレームから外れ、ノートパソコンを手にしている。

二年前。オフィスがパーティー会場に様変わりしていた。

亮の声が人混みの中から響いてくる。「この成功を支えてくれた全員がここにいるべきだ!」

私は彼の隣まで歩み寄る。声を低く抑えた。「ここに一人、加えてもらえる?」

彼の笑みが揺らぐ。彼は周りを見回した。「由美、無理だって分かってるだろ」

「無理って何が?パーティーで隣に立つことも?」

彼は私を隅に引っ張っていく。さらに声を潜めた。「母さんが投資家と話してるんだ。もし見られたら……」

「見られたら何?恋人同士みたいに?あなたの妻みたいに振る舞ってるって?」

彼は私を抱きしめたが、何かが違う。私を抱きしめるというより、なだめようとしている感じだった。「もう少しだけ待ってくれ。シリーズBの資金調達が終わったら……」

「そうね。シリーズB」

あの頃は、それで納得していた。タイミングが悪い。ビジネスが最優先。そう自分に言い聞かせた。

今なら分かる。絶好のタイミングなんて、永遠に来るはずがなかったのだ。

彼の手は私の肩にあるのに、その視線は部屋の向こうの投資家に向いている。私は抱きしめ返さない。どこからか、美奈さんが冷たい目で見ている。亮はそれに気づき、さっと体を離した。

私は彼を信じた。微笑んで頷いた。彼は何事もなかったかのように人混みに戻っていく。彼が握手を交わし、完璧な笑顔を振りまく間、私はそこに一人で立っていた。

指は写真をスクロールし続ける。

私の広い角部屋のオフィス。一年半前。

美奈が戸口に立ち、亮に話しかけている。「最高技術責任者に本当にこれほどのスペースが必要かしら?会議室にでもできるわね」

亮は私の方を向く。「母さんの言うことにも一理ある。由美はほとんどの時間、研究室にいるんだし。ちょっと無駄というか」

「私には無駄だってこと?」

「そういう意味じゃない。ただ、効率の観点から言うと……」

「分かったわ。どこへ行けばいいの?」

美奈は腕を組んでいる。勝利の笑みだ。亮は私を見ようとしない。私は荷造りを始める。機械的な動きで。

一週間後、私はオフィス区画にいた。他の皆と同じ広さ。プラスチックのケースに入った名札。仮の、だ。

一年前。トイレから戻る途中。亮のオフィスのドアの向こうから、美奈の声が聞こえてきた。

「あなたは一人でやれるって証明しないとダメよ、亮。彼女に頼らずに」

「母さん、由美は俺のパートナーだ」

「彼女はあなたの技術サポート。あなたの杖じゃないの。投資家たちには、あなたをリーダーとして見せる必要がある。抱き合わせ販売の商品じゃなくてね」

間。

「どうしろって言うんだ?」

「投資家との会議で彼女に喋らせるのはやめなさい。あなたがプレゼンするの。彼女は背景に徹して」

私はドアの外に立っていた。ドアノブに手をかけたまま、震えている。息を吸う。振り返る。ゆっくりと歩き去る。

あの時、彼を問い詰めるべきだった。

しなかった。

半年前。私のアパート。

午後十時。テーブルに座っている。インスタントラーメン。火の消えたロウソクが刺さった小さなカップケーキ。

ドアが開く。亮が酒の匂いをぷんぷんさせて入ってきた。ネクタイは緩んでいる。

「なんでまだ起きてるんだ?」

「私の誕生日だから」

彼の顔が真っ青になる。「クソッ。一日中、投資家と一緒で、完全に埋め合わせはするから」

「気にしないで。あなたは忙しい。分かってる」

「由美、頼むから……」

「もう寝るわ。帰る時に鍵、閉めていって」

彼は近づきたそうにしていたが、何かが彼を押しとどめた。私はどんぶりを台所に運ぶ。彼のそばを通り過ぎる時、私たちは触れ合わなかった。

寝室のドアが閉まる。彼は火の消えたロウソクと二人きりになる。

その夜、私はベッドでノートパソコンを開いた。コーディングを続けた。窓の外では、新浜市が煌めいていた。

私はスマートフォンを脇に放り投げる。立ち上がる。寝室へ歩いていく。ナイトスタンドの一番下の引き出し。中に古い写真立てがある。安っぽい木製だ。写真には四十代の女性が写っている。黒い髪、疲れた目。温かい笑顔。

私の母だ。

私が十九の時に亡くなった。肝不全。飲み過ぎだった。

亡くなる前、彼女は私の手を掴んだ。か細い声で。

「約束して、由美。絶対に私みたいにはならないって。どんな男のためにも、自分を犠牲にしないで」

彼女はさらに強く握った。「私はキャリアよりも愛が大切だと思ってた。彼はいつだって私を愛し返してくれるって。でも違った。今、私には何もない。私のコードも、特許も――全部、彼の名義。私は、何者でもない」

「誰にも、あなたの力を奪わせないと約束して」

そして私は約束した。

私の手が震える。写真を落としそうになる。何かがこぼれる前に、目元を拭う。写真を元に戻す。そっと。

私は再び床に座り直す。今度は背筋を伸ばして。表情は硬く。

「あの約束を破るところだった。亮のために。母親にさえ逆らえない男のために」

自分の手を見る。銀色の結婚指輪が光を捉える。冷たい。

ゆっくりと、それを外す。テーブルの上に置く。

ドアのチャイムが鳴る。

悠が紙袋を二つ抱えてドアのところに立っている。タイ料理だ。ワインも二本。

「緊急親友ミーティング。パッタイとワイン持ってきた」

私は微笑む。苦々しく。「私が起きてるって、どうして分かったの?」

彼女は中に入ってくる。あたりを見回す。「あなたを知ってるからよ。動揺してるときは眠らない。暗闇に座って考え込む」

「考え込んでるんじゃない。見直してるの」

「何を見直すの?亮がやらかしたこと全部?」

彼女はテーブルに食べ物を置く。ソファに座る。私はドアを閉める。彼女は私の顔を見る。立ち上がって、すぐに私を抱きしめた。私は体をこわばらせるが、やがてゆっくりと力が抜けていく。

「話して。あなたが会社を出た後、何があったの?」

私は彼女にすべてを話した。投票のこと。駐車場の出来事。最後通牒。

私が話すにつれて、彼女はどんどん怒りを募らせていく。「あのクソ臆病者」

私は笑う。苦々しく。床に座る。「やめて。彼も辛い立場なのよ」

「辛い立場?由美、自分の言ってること分かってる?三年間も隠れて、三年間も彼のお母さんの仕打ちに耐えて、三年間も同僚のふりをしてきたのよ。それで、たった一度の役員会であなたの味方にもなれないわけ?」

沈黙。

彼女は私の隣に座る。私の手を握る。「あなたが彼を愛してるのは知ってる。でも、愛はあなたを小さくさせるものじゃないはずよ」

その言葉が胸に突き刺さる。私の目が揺れる。

「あなたは私が知る中で一番優秀な人よ。瑞浜工科大学でのあなたの研究は教授たちを絶句させた。あなたのアルゴリズムは業界を変えた。でも、彼と一緒になってから、あなたは慎重になった。いつも妥協して、いつも我慢して」

私は目を閉じる。「うまくやりたかったの」

「でも、うまくいってない。良い関係っていうのは、あなたを強くするものであって、弱くするものじゃない。もっとあなたらしくさせるものであって、あなたを失わせるものじゃない」

「母もよくそう言ってた」

「じゃあ、お母さんは賢い人だったのね」

「彼女にふさわしくない男のために、すべてを諦めるまではね」

悠の声は毅然としていた。「じゃあ、彼女のようにはならないで。あのくずに、自分の力を手放すような人間にさせちゃダメ」

私は彼女を見る。もう目に迷いはない。「ならないわ」

私はノートパソコンを膝の上に引き寄せる。タイピングを始める。

「何してるの?」

私は辞表を書いている。そして、彼らが予期しないであろう、もう一つの何かを。

外では、新浜市の夜が深まっている。だが私の瞳は、ここ数年で一番、明るく輝いていた。

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