第2章
新井紬視点
地下室は腐った死体のような臭いが充満していた。
木村航平は私をゴミのように冷たい床に投げつけた。膝を強かに打ち付け、即座に鋭い痛みが全身を駆け巡る。クソッ!
頭上では裸電球が一つ揺れ、その光が落とす影は、壁に掛かった鎖や拷問具をまるで悪魔の牙のように見せていた。
心臓が乱暴に脈打つ。やられた。今度こそ、本当にやられた。
「立て」
木村航平は冷たい命令をした。
私は震える脚で、どうにか立ち上がった。この呪われた場所は何度も見てきた。他の女たちが引きずり込まれ、その多くは生きて出てこられなかった。壁には乾いた血痕がこびりつき、薄暗い光の下で吐き気を催すような茶色に見えた。
今度は私の番か。
二人の見張りが、すでに意地の悪い笑みを浮かべて待っていた。左にいるのは小林颯――伊藤翔の手下の中でも特に残忍な一人――が家畜用のスタンガンを握っており、その先端から青い火花がパチパチと音を立てていた。右の男は鞭を握っている。その黒い革には、前の犠牲者の血がまだこびりついている。
奴らは私を肉塊でも見るような目で見ていた。
「このクソ女に忘れられない教訓を与えてやれって、親分が言いつけてるんだ」
小林颯が黄色い歯を見せてにやりと笑う。
「だが殺すなよ。まだ金になるからな」
スタンガンによる最初の一撃が、私の肋骨を激しく打った。
「ああああっ!」
稲妻のような痛みが神経をズタズタに引き裂く。私は悲鳴を上げて崩れ落ち、体は制御不能に痙攣した。
このクソ野郎どもが!
私が体勢を立て直す間もなく、鞭が背中に炸裂した。
肉が裂ける灼熱の苦痛に、意識が飛びそうになる。
「親分の後継者を騙すとこうなるんだよ!」
小林颯が怒鳴り、唾が私の顔に飛んできた。奴はこの瞬間を生きがいにしている。その目は病的な喜びに爛々と輝いていた。
衝撃、鞭、衝撃、鞭。
時間の感覚はなくなり、ただ自分の声が枯れ果て、涙はとっくに乾いてしまったことだけがわかった。
「お願い!」
私は嗚咽した。
「あの人が伊藤翔の後継者だなんて、本当に知らなかったんです!お願い、やめてください!」
「うるせえ!」
小林颯が腹を蹴り上げ、私はボールのように丸まった。
意識が薄れ始めた。私は死ぬんだ、と思った。その時、木村航平が不意に口を開いた。
「もういい」
その声は冷たいままだが、断固としていた。
「正気は保たせておけと親分が言っていた」
小林颯は不承不承、まだブーンと音を立てているスタンガンを止めた。
「ちくしょう、面白くなってきたところだったのによ」
小林颯は唇を舐めながら不満を漏らした。
「出ていけ」
木村航平の口調に、逆らう余地はなかった。
彼らは道具をまとめ、名残惜しそうに去っていった。木村航平は血だまりの中に横たわる私を、無表情で見下ろしていた。
「この教訓を忘れるな。後継者に逆らった罰だ」
そして彼もまた去っていき、私は暗闇の中に一人きり、捨てられた。
私は目を閉じ、意識が遠のいていく。記憶が潮のように押し寄せ、私をあの忌まわしい始まりへと引きずり込んでいった……。
千泉大学の図書館。窓から差し込む陽光が、私のノートを照らしていた。
私は卒業論文のため、トラウマ心理学について調べていた。周りには他の真面目な学生たち。外では小鳥がさえずり、遠くからバスケットボールの音が響いてくる。すべてがとても美しく、ごく普通だった。
あの頃の私はなんて世間知らずだったんだろう。
「新井紬さん?」
ブランドものの服を着た金髪の女性が私に近づいてきた。
「C市精神健康協会の中島彩乃と申します」
彼女は微笑み、名刺を差し出した。
「あなたのトラウマ心理学に関する研究について伺っております」
心臓が高鳴った。私の研究に誰かが気づいてくれた?
「私たちには特別なプロジェクトがあるんです」
中島彩乃は私の隣に座った。
「特に人身売買や性的暴行の被害者が心理的に回復するのを手助けするものです。あなたのような才能ある研究者が必要なのです」
私の目は輝いた。
「そのプロジェクトなら、たくさんの人がトラウマを乗り越える手助けができます!いつから始められますか?」
中島彩乃は温かく微笑んだ。
「すぐにでも。明日、回復センターへお連れする車がお迎えにあがります」
「素晴らしい!これでやっと、本当にあの被害者たちを助けられる!」
もしあの瞬間に戻れるなら、私はあの馬鹿な自分の胸ぐらを掴んで揺さぶり、目を覚まさせてやるだろう。世界はあなたが想像するより一万倍も暗いんだと、教えてやるだろう。
だが、やり直しはきかない。
「まっすぐ立ちなさい!肩を引いて!笑いなさい!目には涙じゃなくて、炎を宿すのよ!」
渡辺先生が、クリスタルを散りばめた指示棒で巨大な鏡をコツコツと叩いた。私を含めて十二人の少女たちが一列に並び、商品のように検分され、訓練され、完璧な囮へと作り変えられていた。
ここは回復センターなんかじゃない。捕食者を生み出すための地獄の工場だ。
至る所に設置された鏡が、無数の絶望的な顔を映し出している。高価な化粧品が山と積まれた化粧台、蠱惑的な衣装がずらりと並んだクローゼット。偽りの贅沢は、ここが地獄だという真実を隠しきれていなかった。
「新井紬」
渡辺先生が近づき、指示棒で私の顎を持ち上げた。
「笑って。もっと甘く。目の前に金持ちの馬鹿がいると想像しなさい。あなたはその男を恋に落とし、夢中にさせ、財布を空っぽにさせるのよ」
私は歯を食いしばり、こわばった笑みを無理やり作り出した。
「よろしい。じゃあ、あなたの物語を練習して。いいこと、あなたは被害者について論文を書いている心理学の学生。彼らに同情させ、守らせ、崇拝させるの。そして……」
彼女の笑みが残酷なものに変わった。
「彼らを破滅させるのよ」
鏡の中の自分を見つめる――念入りに施された化粧、高価な服、完璧な偽装。新井紬という名の学生はもう死んだ。残ったのは、新井紬という名の、ただの捕食者だった。
「覚えておきなさい、あなたたちの涙に価値はない。成功だけがあなたたちを生かすのよ」
渡辺先生は私たちを冷たく見渡した。
「失敗は死を意味するわ」
隣にいた少女が泣き始め、涙がマスカラと混じって黒い筋を作った。彼女は十六歳くらいに見えた。まだ子供だ。
渡辺先生は彼女を冷ややかに一瞥し、合図を送った。すぐに二人の見張りが駆けつけ、彼女を部屋から引きずり出していった。
彼女の悲鳴が廊下に響き渡り、やがてぷつりと途絶えた。
私たちは二度と彼女の姿を見ることはなかった。
その日から、私は泣かないことを学んだ。男たちを夢中にさせる方法を、彼らの最も深い恐怖と欲望を見つけ出す方法を、蜘蛛のように罠を張り巡らせる方法を学んだ。
痛みが私を現実へと引き戻した。
私は冷たい床に横たわり、傷口からはまだ血が流れていた。しかし、私の心は澄み渡っていた。これまでにないほどに。
伊藤裕太。私が三週間かけて誘惑した目標。
彼を初めて見た時のことを思い出す。あれは、石油王に五〇万ドルの株投資で損をさせるという、一つ前の任務を終えた後の、高級なコーヒーショップでのことだった。木村航平は遠くから見張り、私が馬鹿な真似をしないように監視していた。
店を出ようとした時、彼を見つけた。
隅の席に、若い男がノートパソコンに集中して座っていた。茶色の髪、青い瞳、清潔な白いシャツ。彼は……どこか違って見えた。
金と性のことしか考えていない、他の金持ちの野郎どもとは違う。彼の目には、この汚れた世界では稀な、純粋な何かが宿っていた。
完璧な目標だ。若く、明らかに裕福で、そして世間知らずに見える。
私はわざと彼のコーヒーをひっくり返した。
「きゃっ!ごめんなさい!」
私は慌てたふりをした。
「私って本当に不器用で!」
「大丈夫ですよ」
彼は優しく言った。その青い瞳には、無垢な優しさしか映っていなかった。
「事故は誰にでもありますから」
一瞬、私は自分の任務を忘れそうになった。あんな眼差しを向けられたのは、本当に久しぶりだったから。
だが、私はそれでも自分の演技を始めた。
三週間、私は卒業論文に苦しむ心理学の学生を演じた。トラウマを負った被害者の回復について研究していると彼に話し、同情を引くために偽りの苦境をでっち上げた。
彼の名字は知らなかった。誰の後継者なのかも知らなかった。私にとって、彼はただの男――金を搾り取るべき、もう一人の金持ちの目標に過ぎなかった。
彼はそれを信じた。完全に。
彼は私に付き合って図書館へ通い、高価なディナーをご馳走してくれ、私の作り上げた痛ましい話に耳を傾けた。彼は自分の夢が映画監督になることで、カメラを使って社会の暗部を暴きたいのだと語った。
何より致命的だったのは、本物だったことだ。一つ一つの言葉が、一つ一つの約束が、一つ一つの優しい抱擁が。
彼が私の額にそっとキスをして、お前を守りたいと言った時、私の中の何かが砕け散った。
それでも私は彼を騙し続けた。彼に金を使わせた、大金を。「研究」を支援するため、「学業」を助けるため。木村航平は影から全ての送金を監視し、私が任務を完遂することを確認していた。
彼の金を受け取るたびに、罪悪感が私を襲った。彼は私を心から信頼し、純粋に助けたいと願っているのに、私は彼の最も優しい部分を利用していた。
今となって思えば、あの罪悪感は馬鹿げている。
彼は伊藤翔の後継者だった。私の人生を破壊した悪魔の息子。
もし最初から彼が奴の後継者だと知っていたら、私は彼を完膚なきまでに叩き潰してやっただろうに。








