第5章
新山晃はその言葉を聞くと、冷ややかな目を向け、星野結花を見据えた。
星野結花はどこか後ろめたそうに笑ってみせる。
「安心して。大丈夫だから。番組なんて座っておしゃべりするだけだし……でも、私もすっごくすっごく気をつける!」
その場でおだてる言葉まで付け加えた。
「それにさ、考えてみてよ。これ、新山晃の子だよ? そんなヤワじゃないって!」
「昭介。奥様の送迎はお前がやれ」
新山晃は、どこか儚げに見える星野結花を一瞥して言った。
「承知しました」
山口昭介が頷く。
……。
午後1時。山口昭介は星野結花を撮影場所まできっちり送り届けた。
すでにヘアメイクも衣装も整った星野結花を見て、桜井美優はようやく胸を撫で下ろす。
「もう、うちのお嬢様! やっと来た! 早く早く、コメント欄が爆発してる!」
恋愛番組『私、彼女になります』最終回。台本上では、星野結花は“残念ながら卒業”の流れだ。
「みなさん、番組をご覧いただきありがとうございます! 本日は出演者の星野結花さんが、いよいよ卒業となります!」
司会者がカメラに向かってにこやかに告げる。
「それでは星野さん、マイクをどうぞ!」
星野結花はソファに腰掛け、上品に微笑んだ。
「みなさんこんにちは、星野結花です。『私、彼女になります』でお別れするのは残念ですが――」
【芸能界ウォッチャー:別れはいいから父親誰だよ】
【星野結花の子どもの父親を暴く:早く言え、父親!】
監督は頭を抱えた。契約には“番組期間中は独身”とある。なのに腹が目立つ。最悪だ。
【野次馬界のナンバーワン:番組の相手? 誰が父親?】
星野結花は白い歯を見せて笑い、赤い唇をきゅっと上げる。
「残ったみなさんが、早く大切な人と出会えますように。応援ありがとうございました」
【助けて!:炎上狙いだろ。つわりも演出】
【20歳で子育て中:経験者だけど、あれ演技じゃない】
【ガチョウの煮込み:ノースキャンダルで隠し通したのすごい】
【飾り物の星野結花:隠し婚ってことは旦那が見せられないレベル】
星野結花は流れていくコメントを、黙って見つめた。
制作スタッフが小声で急かす。カメラは一度ほかの出演者へ逃げた。
「星野結花、ネットでかなり話題になってる。うまく対応して!」
「みんな妊娠の話が聞きたいんだ。説明して!」
桜井美優も黙って頷く。
カメラが戻る。星野結花は柔らかく微笑んだ。
「昨夜、表彰台で吐いた件ですが……確かに、つわりです」
そして、はっきり言い切る。
「私、妊娠しました」
口元に、うっすらえくぼ。
【ちび年ちゃん:妊娠は知ってる。父親誰】
【芸能ゴシップ探偵:録画準備完了。父親言え】
【星野ならいける:推しが結婚&妊娠とか、俺の青春終わった】
【星野結花と結婚したい:嘘だと言って……】
「父親? もちろん、私の夫です」
星野結花は手を上げ、カメラに見せた。
「ほら。これ、夫がくれた指輪」
【野次馬中:でっか! 夫のフルネーム言え!】
【おバカちゃん、いる?:フルネーム!】
「……すごくいい人です」
星野結花は頬杖をつき、いたずらっぽく笑う。
「勝手に推測しないで。相手に迷惑をかけたくないし、家庭に影響が出るのも嫌だから。公表しません」
【小叉叉:家庭って……結婚してたの!? いつ!?】
【星野さんが好き:隠し婚だ!】
【大きなスイカちょうだい:つわりがなければ一生隠してた?】
そのとき。カメラ付近にいた女がキャップを深く被り直し、わざと機材に触れた。
「星野結花が父親を言えないのは、父親が星野結花と同じくらい品がない男だからよ!」
女が突然、カメラ前へ飛び出す。
「私は今泉圭介のアシスタント。今日こそ言ってあげる――」
星野結花の指がきゅっと締まった。瞳が冷える。
収録開始からずっといた女だ。顔が見慣れないから、新人スタッフだと思っていた。
だが、この動き。明らかに“邪魔しに来た”人間。
星野結花がカメラをずらそうとした瞬間、山口昭介が察して手を上げる。背後のボディーガードが即座に動き、女が言い切る前に袋を被せて連れ去った。
言い切る前でも、コメント欄はすでに炎上している。
【いや:今泉圭介のアシスタント? 父親は今泉圭介!?】
【想い:圭介さん? 業界一のプレイボーイじゃん、やば】
【俺はおバカだ:そんなアシスタント見たことない】
【ささやかな愛:どうでもいい! 父親誰!】
星野結花はコメントを見つめる。
今泉圭介に、そんなアシスタントはいない。
少し離れたロフト。細身の女が手すりから手を離し、サングラスを外した。計算に満ちた目で、星野結花を見下ろしている。
星野結花ははっと見上げた。
村井麻実。
村井家に自分を入れたくない、“偽物のお嬢様”。
視線がぶつかった瞬間、星野結花の目に怒りが宿る。
またこいつだ。二か月前、買収したアシスタントに薬を盛らせたのも。あのアシスタントは最後まで村井麻実の指示を認めなかった。
村井麻実は唇を動かし、勝ち誇った笑みを見せる。
「負けたわね」
――村井家の血筋? 関係ない。今のお前は“雑種”を孕んだ汚れた女優。村井家が受け入れるはずがない。村井家のお嬢様は、私だけ。
星野結花は一度目を伏せ、カメラへ真剣に言った。
「責任を持って言います。父親は今泉圭介ではありません。今の推測では答えに辿り着けない」
そして、淡く笑う。
「そんなに気になるなら……子どもが生まれたら、誰に似てるか見ればいいでしょう?」
【星野結花を悪く言わない限り改名しない:言い訳乙】
【彼を推してる:今泉圭介は不婚主義だし、あり得ない】
【ガチファン:偽情報。今泉圭介にそんな助手いない】
【横丁:真の父親待ち】
「では、私はここまでです」
星野結花は軽く一礼した。
「さようなら」
控室に入った瞬間、星野結花の目が冷たくなる。
雲城市の村井家に戻って“お嬢様”になる気なんて、最初からない。村井麻実にもはっきり言った。
それでも、何度も嵌めてくる。薬も、妊娠暴露も。
――もう我慢しない。
桜井美優が控室の鍵をかけた。
「お嬢様! うちのお嬢様!」
星野結花の背後へ回り、声を落とす。
「……本当に妊娠?」
「じゃなきゃ何」
星野結花は息を吐く。
「うちのお嬢様……!」
桜井美優は机を叩いた。
「いつ結婚したの!? どこの不幸な男が、あんたの性格と偏食に耐えられるのよ!」
そして目を見開く。
「まさか……二か月前の……?」
「そう」
星野結花は薬指の指輪を見せ、頷いた。
桜井美優は気絶しそうな顔になる。
「星野結花!」
「私の子を驚かせないで。父親が来たら、桜井さん泣くよ」
星野結花は腹を押さえて言った。
「……っ」
桜井美優は水を一気飲みする。
18歳でデビューしてからずっと担当してきた。恋愛の動きは全部把握していた――はずなのに。
財路が切れるのが早すぎる。
「でもさ」
桜井美優は好奇心が勝った。
「父親、誰なの?」
そのとき、外から焦ったノック。
「桜井さん! 桜井さん、出てきて!」
桜井美優は不機嫌にドアを開ける。
「何よ!」
「爆、爆です!」
「父親が爆発した!?」
桜井美優がスマホを奪い取る。
「違います! 星野さんのSNSフォロワーが爆です!」
スタッフが興奮して叫んだ。
「配信終了から10分で1000万増! 元の4000万と合わせて……5000万突破です!」
星野結花は鼻で笑う。
「1000万増えたって、1000万に嫌われただけでしょ。そんなに喜んでいいわけ?」
「星野さん、これ見て!」
スタッフが画面を見せる。
今泉圭介の投稿が流れていた。
「俺に降ってきた噂がとんでもなさすぎる。番組一回出ただけだろ。俺、1年の予定ほぼ国外だぞ。どうやって腹デカくすんだよ」
【圭介、大好き:ほら、圭介さんはそんな趣味じゃない】
【野次馬その2:今泉圭介じゃない】
星野結花はほっとして、自分の投稿を開く。
【今日もゴシップ漁ってる?:新規。父親待ち】
【未解決の謎:父親だけ見に来た。待機】
【桃が熟す頃:デビューから叩いてたけど情が湧いた。フォローして父親待つ】
【星野結花のファンになった:星野結花じゃなくて妊婦腹推し】
星野結花は呆然とした。
コメント欄が父親待ちで埋まっている。
――私、妊婦腹でバズったの?
そのとき、桜井美優のスマホが鳴る。
「はい、桜井美優です」
「桜井さん! 会社に案件が十数件来てます! 全部ベビー用品です!」
桜井美優は目を瞬かせた。
昔は炎上体質で、ブランドは逃げる。案件を取るのに頭を下げて回った。なのに今は、向こうから来る?
「あなたの妊婦腹、幸運の腹だわ!」
桜井美優は星野結花を抱きしめた。
星野結花は平らな下腹に手を置く。
表彰台のつわりで疑われ、一夜で妊婦腹で結婚。相手はZ国のトップ社長。
さらに妊婦腹で評判までひっくり返してバズる――。
星野結花は水を一口飲み、受け止めきれないまま呟いた。
――私の人生、頂点に行ったの?
