第3章

ローゼンタール王国において、王族の身辺警護は、二つの騎士団が担っている。十字騎士団の勇士たちが国王アーセー陛下の護衛を専門とする一方、聖盾騎士団に所属する十二名の騎士は、それぞれ王子や王女たちを守護する任に就いていた。

王族の子女一人に対し、聖盾騎士は一名つくのが慣例だ。

本来であれば、私を守るのはエイプリルただ一人の筈。しかし、父上は特例として、もう一名、トーマス・ブルック騎士をつけてくださった。これは王家の歴史においても、前例のないことだった。

「一体、どうしてかしら?」

ベッドに横たわり、父上から賜ったサファイアの冷たい輝きを指でなぞりながら、私はその真意に考えを巡らせていた。

おそらくは、私の特別な地位のためだろう。正妃ヴィクトリアの嫡女である私は、その血筋において、ルル・サンダースとは比べものにならない。『第二王女』という称号はルルに合法的な身分を与えたが、彼女が王家の血を引くことは永遠にないのだから。父上がどれほど彼女を寵愛しようとも、王家の徽印が彼女を真の王族と認めることは決してない。

翌朝、控えめなノックの音が私の思索を遮った。

「姫様、国王陛下より下賜品をお届けに参りました」

扉の向こうから、エイプリルの涼やかな声が聞こえる。

私がモーニングガウンを羽織って扉を開けると、二人の騎士が静かに入室した。トーマスの手には精巧な木箱が二つ。エイプリルは、金箔で縁取られた一通の手紙を私に差し出した。

「お父様が、また贈り物を?」

私は少し驚きながら、その手紙を受け取った。封蝋を解き、中を開くと、そこには父の力強い筆跡が並んでいた。

『愛するアリスへ。これらの金貨は、この三ヶ月分のお前の手当だ。それから、クリスタル湖の温泉離宮の準備も整っている。いつでも好きな時に休養に行くといい。愛する父、アーセーより』

トーマスが木箱の蓋を開けると、中には鋳造されたばかりのように輝く金貨が、眩いばかりに整然と並べられていた。

「こんなにたくさん……!」

思わず感嘆の声が漏れる。原作の記憶では、アリスがこれほど気前の良い下賜品を貰ったことなど、ただの一度もなかった。

身支度を整えた私は、早速その温泉離宮へ向かうことにした。この旅に、第一王女であるエリザベスお姉さまが強い興味を示し、同行を申し出てくれた。

「ええ、ぜひ一緒に行きましょう。わたくしたち、姉妹で遠出するなんて本当に久しぶりですもの」

エリザベスお姉さまは、親しげに私の腕を組んだ。

馬車はゆっくりと王宮の門を出て、銀月市で最も広い並木道を進んでいく。エイプリルは馬上で馬車の傍らに付き、鋭い視線で周囲を絶えず警戒していた。

その時、馬車がガクンと大きく揺れ、急停止した。

「どうしたの?」

私がカーテンをめくって外を覗くと、道の真ん中に、ルル・サンダースが立ち塞がっていた。淡い紫色のドレスを身にまとい、その顔には、いかにも哀れを誘うような表情を浮かべて。

「邪魔よ」

エリザベスお姉さまは冷ややかに鼻を鳴らし、虫けらを払うかのように言い放った。

私は思わず、くすりと笑みをこぼしてしまった。この姉は、いつもこうして裏表なく率直だ。彼女は父上が国王になる前に生まれた娘で、生母は難産の末に亡くなったと聞く。原作では、ルルの策略に嵌められて他国へ嫁がされ、最終的にフロスト王国で非業の死を遂げる、あまりにも哀れな捨て駒だった。

「アリス、どうか怒らないで。わたくし、ただ、この間のことを謝りに来ただけなの」

ルルの声はか弱く震え、大きな瞳には今にも零れ落ちそうなほど涙が溜まっている。彼女は私に向かって手を伸ばし、その手を取って許しを乞うように見せた。

「あの日、お父様の書斎で、あなたの飲み物を笑ったりして、本当にごめんなさい……」

私はその、計算され尽くした健気な様子を冷たい目で見つめた。

これこそが彼女の常套手段。まず些細な過ちを犯し、次にかわいそうなふりをして許しを請い、最終的には許さない相手を悪者に仕立て上げるのだ。

私が微動だにしないのを見て、ついにルルの瞳から涙が筋となって流れ落ちた。彼女はわざとらしく涙を拭う仕草をしたが、それは私が心を和らげ、その涙を拭ってやるとでも思ったのだろう。

だが、彼女の甘い期待とは裏腹に、私の右手が宙を舞った。

パァン! 乾いた音が、静かな並木道に響き渡る。

「やるじゃないの、アリス!」

エリザベスお姉さまが、ぱちぱちと手を叩いて喝采を送る。

「ああいう猫を被った女には、言葉より先に手が出るのが一番よ」

ルルは打たれた頬を押さえ、涙はさらに激しく溢れ出た。

「アリス、もしこの一撃で、あなたの気が晴れるのなら……」

「ルル・サンダース」

私は氷のように冷たい声で、彼女の芝居がかったセリフを遮った。

「ここで三文芝居を演じるのはおよしなさい。残念だけれど、お父様はご覧になっていないわ」

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