第5章

ウィリアム執事が教室の外に立っていた。その背筋は、まるで抜き身の剣のようにまっすぐに伸びている。

彼の視線はがらんとした廊下をしばし彷徨った後、やがて罰を受けている私とマーカスの上に、ぴたりと注がれた。

「アリス姫様、国王陛下がお呼びです」

ウィリアム執事は無表情に告げた。その声には、有無を言わせぬ威厳が宿っている。

私の心臓が、どくんと重い音を立てて沈み込む。どうして自分の拳を抑えきれなかったのだろう。せっかく築き上げてきた『従順で可憐な淑女』というイメージが、もろくも崩れ去ってしまったではないか。

さらに悪いことに、赴任したばかりのアレクサンダー教授の前で、優雅さの欠片もない姿を晒してしまった。

「まだ彼らへの罰は終わっていない」

教室の中から、アレクサンダー教授の氷のように冷たい声が響いた。

ウィリアム執事は軽く頭を下げる。

「教授、これは国王陛下の勅命です」

しばしの沈黙の後、教室の扉が静かに開かれ、アレクサンダー教授が戸口に立った。その深褐色の瞳が、私を値踏みするように見つめる。魂まで見透かすような鋭い視線に、私は思わず背筋を伸ばした。

「明日は倍だ」

教授は簡潔にそう言うと、体をずらして道を開けた。

私はウィリアム執事に付き従い、不安な気持ちで宮殿の長い廊下を歩いていく。考えつく限りの言い訳を、必死に頭の中で巡らせていた。父上の私に対する態度は、最近ようやく好転してきたばかりだ。こんな些細なことで、築き始めたばかりの父娘関係を壊すわけにはいかない。

王宮の大広間では、父アーセーが苦虫を噛み潰したような顔で玉座に座っていた。その眼光は、まるで刃のように鋭い。

「跪け」

彼の声は、冬の氷のように冷たく響いた。

私は言われるがまま、冷たい大理石の床に跪き、深く頭を垂れた。

「お前はローゼンタール王国の王女でありながら、学院で喧嘩騒ぎを起こすとは! 何たる醜態だ!」

父の怒声が、がらんとした大広間にこだました。

私は恐る恐る顔を上げた。

「お父様、理由もろくに聞かずにわたくしを叱るのは、少々理不尽ではございませんか?」

父上の眉間の皺が、さらに深くなる。彼が口を開こうとした、その時だった。大広間の外から、慌ただしい足音が聞こえてきた。

「お父様!」

ルル・サンダースが目を真っ赤にして駆け込んできて、玉座の前まで小走りで進むと、はらりとその場に跪いた。

「どうかアリスをお罰しにならないでくださいまし!」

彼女の涙は、まるで糸の切れた真珠のように頬を伝い、その声は悲痛な嗚咽に震えている。

「わたくしが、ふらついてしまったのです。マーカス従兄様は、てっきりアリスがわたくしを押したのだと勘違いして……」

このサンダース嬢の演技力は、実に堂に入ったものだ。わざと転んだふりをして、これほどまでに可憐に泣けるとは。私は心の中で冷笑しつつも、表面上は感動したふりをしてみせた。

「ルル、あなたは本当に優しいのね」

私は砂糖菓子のように甘い声で言った。だが、次の瞬間、カッとなった頭でつい本音が口から滑り出てしまった。

「それにしても、あなたって本当に足取りが軽やかで、転びやすいこと! さっきマーカスとかいう馬鹿が止めに入らなければ、ついでにあなたも懲らしめてやったのに!」

大広間は、突如として墓場のような静寂に包まれた。

ルルの目は大きく見開かれ、桜色の唇がわなわなと震えている。父上の表情は凍りつき、まるで自分の耳を疑っているかのようだった。

私はそこでようやく自らの失言に気づき、気まずさのあまり穴があったら入りたい気分だった。

「わ、わざとでは……」

ルルはよろめきながら立ち上がり、侍女に支えられて大広間を去っていく。その背中は、自分は無実だと泣きじゃくりながら訴えていた。

私は父上の嵐のような怒りを受け止める覚悟をしたが、意外にも、彼はただ静かに手を振っただけだった。

「立て」

私は恐る恐る立ち上がり、媚びるような笑みを浮かべた。

「お父様、もう二度と喧嘩はいたしませんと誓いますわ」

私は両手を差し出し、赤く腫れた手のひらを見せた。

「それに、アレクサンダー教授には、もう書き取りの罰をいただきましたもの」

父上は複雑な眼差しで私の手のひらを見つめ、静かに眉をひそめた。

「次にまたこのようなことがあれば……」

彼の脅しは、最後まで続かなかった。その目に、捉えどころのない何かがよぎったのを、私は見逃さなかった。

「母上のところへ行きなさい。彼女がお前に宮廷儀礼というものを、改めて教えてくれるだろう」

父上は、最終的にそう締めくくった。

王妃の宮殿では、母上ヴィクトリアが私の手のひらの傷を見て心を痛め、自ら特製の軟膏を優しく塗ってくれた。

「あのクレモント家の小僧は、是非の分別もつかぬのですから、よく懲らしめてやりましたね」

母上は事の経緯を知ると、意外にも私を支持する姿勢を見せた。

「あのルルという小狐、またお父様の前で可哀想なふりをしていましたわ」

私は悔しさに歯ぎしりしながら言った。

母上は優雅な仕草で軟膏の蓋を閉めた。

「私の娘が受けた屈辱を、ただ黙って耐えさせるわけにはいきません。ただ、アリス。覚えておきなさい。この世界で本当に重要なのは、いつだって実力と、それを使いこなすための手段なのです」

母の瞳の奥に、クレモント家の誇りと、鋼のような強靭さが宿っているのを私は見た。その真っ直ぐな眼差しは、私にかつてないほどの安心感を与えてくれた。

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