第1章
気がつくと、私は転生した。
深夜残業の末、会社の休憩室でソファに寄りかかり、小説を読んでいたはずだ。その記憶ははっきりしている。
そして——何の前触れもなく、心臓が止まった。
「田中言(たなかことね)さん」
機械的な女の声が、私の脳内に響いた。
「あなたの任務は、原作のシナリオ通りに、主人公の宮本利(みやもととし)をひたすら虐げ、最終的に彼を容赦なく捨てることです」
私は眉をひそめた。
「つまり、私は小説の悪役令嬢に転生したってこと?」
「正解です。原作では、主人公はあなたに捨てられた後、奮起して三年で成功を収め、運命のヒロインと結ばれます。しかしあなたは執拗に彼に付きまとい、彼とヒロインを引き裂こうとしました。その結果、彼は最終的に東京湾に身を投げて自殺します」
やれやれ、この田中言はとんでもなく酷い女じゃないか。
「任務完了後、あなたは五億円の報酬と新しい身分を手に入れ、別の都市で生活することができます」
システムは続けた。
「主人公がまもなく帰宅します。シナリオを開始する準備をしてください」
私は周りを見渡した。そこは狭くて、簡素なワンルームアパートだった。
ドアの鍵が回る音がして、背が高く痩身の若い男性が入ってきた。その顔には疲労が色濃く浮かんでいる。
「ただいま」
彼は小さな声で言った。
すぐさまシステムが脳内で指示を出す。
「シナリオを開始します。今すぐ『稼ぎも少ないくせに帰りも遅いなんて、私を餓死させるつもり?』というセリフを言ってください」
宮本利の疲れ切った顔を見て、私はためらった。
このセリフはあまりにも酷すぎるのではないだろうか?
けれど、報酬金のためだ。私は口を開いた。
宮本利はため息をつくと、温かいミルクティーを一杯取り出した。
「とりあえずこれ飲んでて。今からご飯作るから」
この悪役令嬢、本当に筋金入りの悪女らしい。
二十分後、宮本利はシンプルだが香ばしい匂いのチャーハン二皿と、エビ一皿を運んできた。彼は手際よく私のためにエビの殻を剥くと、剥き終えたものを全て私の前に押しやった。
「早く食べなよ。今日スーパーで特売だったエビ、すごく新鮮だよ」
システムが即座に指示する。
「『あなたもそのくらいしか取り柄がないんだから。じゃなきゃ誰があなたなんか相手にするもの』と言い、エビを全て一人で食べてください」
宮本利のがさついた指先を見て、私は思わず口走っていた。
「あなたみたいな人、すごく貴重だよ。美味しいものは分け合わなきゃ」
そう言って、私はエビを四尾、宮本利の皿に入れた。
宮本利は一瞬きょとんとし、少し嬉しそうな顔をしたが、すぐに首を振って押し返した。
「僕はチャーハンが好きだから。僕にはいいよ、早く温かいうちに食べて」
ふいに胸が苦しくなった。昔、養護施設にいた頃、私もお祭りの日くらいしかご馳走は食べられなかったことを思い出す。
まさか死んで転生しても、いい暮らしをさせてもらえないなんて。
「警告!」
システムの冷たい声が響いた。
「あなたはシナリオに違反しました。ルールに基づき、シナリオに違反できるのは三回までです。回数を使い切った場合、電気ショックの罰が与えられます」
「わかったわ。じゃあ最後の一回になったら教えてちょうだい」
食後、宮本利が皿を洗っている間に、私はシステムと宮本利との日常についてやり取りした。
宮本利は毎日、朝食を作ってから出勤し、一方の元の田中言は十一時頃にようやく起きる。彼の月収は三十万円だが、田中言の贅沢な生活費を負担するため、三つの仕事を掛け持ちせざるを得ない状況だった。
これは寄生虫じゃないか。私は心の中で元の田中言を軽蔑した。
翌日、システムは私に渋谷の商業エリアへ買い物に行くよう指示した。ショッピングモールに並ぶ、一着数万円もする服を見て、私は内心ぎょっとした。結局、宮本利のために靴下を二足買っただけだった。
「今すぐ宮本利に電話してお金を要求してください」
システムは言った。
「『これくらいのお金も出せないなんて、よく彼女の彼氏とか言えるわね』と言ってください」
私はスマートフォンを手に取り、宮本利に電話をかけたが、口から出たのは違う言葉だった。
「私、詐欺師なの。早くお金を振り込んで」
電話の向こうから、宮本利の甘やかすような笑い声が聞こえた。
「分かりました、僕の可愛い詐欺師さん」
電話を切った後、システムは冷たい機械音で私に警告した。
「あなたはシナリオ通りに進めなければなりません。さもなければ、深刻な結果に直面することになります」
「彼は今だって、まだ努力が足りないっていうの?」
私は反論した。
「東京で三つも仕事を掛け持ちするなんて、もう限界よ。彼はまだチャンスに恵まれていないだけ。この就職難の中で、彼はもう十分に頑張ってるわ」
「あまり反抗的にならないよう警告します」
システムは冷ややかに言った。
「さもなければ電気ショックの罰が待っています」
私は拳を握りしめた。あなたの言う通りになんて、するものか。この男は、もっと良い結末を迎えるべきだ。
