第164章 才能がない

江口美月は洗面器に湯を張り、桜井昭子の体を優しく拭き清めていた。手を動かしながら、時折、何気ない言葉を交わしている。

その和やかな光景に、病室の外にいた古川蘭は思わず目を奪われた。まなざしに羨望の色が滲む。

長年、彼女はずっと一人だった。美月のように、これほど揺るぎなく側に寄り添ってくれる存在など、彼女にはいなかった。

ある意味、昭子は自分よりもずっと幸福なのかもしれない。

蘭は視線を外し、自ら篠崎司へ電話をかけた。

遠山圭吾が昭子の元を去った今こそ、篠崎社長と彼女がよりを戻す絶好の好機だ。

だが、何度かけても応答はない。

結局、須田樹の口から事情を知らされた。篠崎社長は実験のた...

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