第64章 彼に伝えたくない

「随分とあいつにご執心だな」

篠崎司は冷たくそう言い放つと、すっと立ち上がり去っていった。

桜井昭子はその背中を見送りながら、瞳の色をいくらか曇らせた。

やはり、初めからすべて、自分の錯覚だったのだ。

篠崎司が自分を気にかけることなんて、あるはずがない。

古川蘭が報告書を手に病室へ入ってきたが、篠崎司の姿はなく、彼女は報告書を桜井昭子に手渡した。

「桜井さん、あなたの心不全は今、かなり深刻な状態です」

桜井昭子は重い瞼を無理やりこじ開け、報告書を受け取った。「わかっています」

その軽い一言には、彼女の深い絶望と運命への諦観が滲んでいた。

わかっていたところで、何かが変わるわけ...

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