第170章

「お父さん、部屋まで戻りましょうね」

ふたりはしばらくのあいだ、ぎゅっと抱き合っていたが、やがて名残惜しそうに身体を離し、複雑な眼差しで見つめ合った。

海子は視線を落とし、赤く腫れ上がった父の膝に目を留めると、そっと口を開いた。さっきまで荒れていた声色は、いつもの柔らかなものへと戻っている。

海子に肩を貸されながら、父は足を引きずるようにして家のほうへ歩いていく。

そのふたりが、ゆっくりと俺の潜んでいる草むらのすぐ横を通り過ぎていくのを見ているうちに、俺は思わず考え込んでいた。

このまま帰るべきか、それとも、もう一度あの家に戻るべきか。

頭の中で何度も反芻しているうちに、妙な予感...

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