第265章 IFストーリー

 このときの二人のあいだには、艶っぽさなんてほとんどなかった。どちらかといえば、傷を舐め合うような、互いを慰め合う抱擁に近い。ひとしきり泣いたあと、海子は父の腕の中からそっと身を離した。頬には、どこかぎこちない色が浮かんでいる。さっきまでの悲しさに任せて、思わず父の胸に飛び込んでしまったのだ。二人の関係は、すでにこれ以上ないほど「近しいもの」になってしまっている。だが、だからといって今がそのときだとは到底いえない。それに、主人公であるこの私も、同じ家の中にいるのだ。

 海子は、父に撫でられて乱れた髪を指先で整えた。それから父のベッドから腰を上げ、ゆっくりと寝室の外へ向かって歩き出す。

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