第7章

知意は不意に叩きつけられた怒気に頭が真っ白になり、眠気などとうに吹き飛んでいた。

彼女は布団の端をきつく握りしめる。

「……何のことか分からない」

蓮は鼻で笑った。その声には露骨な軽蔑が混じっている。

長い脚で数歩、ベッドの脇まで詰め寄ると、その圧倒的な威圧感が一瞬にして知意を覆い尽くした。

「清香が親切に慰めに行ってやったというのに、お前は!」

声が跳ね上がり、静まり返った夜の寝室でひどく恐ろしく響く。

「古株を盾に冷たい態度を取り、責任を逃れた挙句、彼女を虐めるとは。知意、誰がそんな度胸を与えた?」

その言葉で、知意は誰かが告げ口したのだと悟った。

胸の奥に広がる冷たさが、先ほどよりもさらに深くなる。

顔を上げると、暗闇の中でも、蓮の瞳に燃える実体化しそうなほどの怒りがはっきりと感じ取れた。

自分こそが法律上の妻であるはずなのに、彼の目には、いつだって自分が最も悪毒な女として映っている。

本当に滑稽だ。

「虐めてなんていない」

知意は口を開いた。その声は思いのほか静かだった。

「事実を言っただけ。あの資料は私の仕事じゃない。私は自分の分を終わらせた。誰かのミスや悪意の尻拭いをする義務はないわ」

蓮はとんでもない笑い話でも聞いたかのように、猛然と身を屈め、知意のパジャマの胸元を乱暴に掴み上げた。そのままベッドから引きずり起こされそうなほどの力だ。

「知意、その思い上がった顔をやめろ!」

顔を近づけ、熱を帯びた息が知意の肌を打つ。

「清香はあんな目に遭ったばかりだというのに、善良だからお前を責めず、むしろ庇ってくれたんだぞ! それなのにお前は、感謝するどころか冷たくあしらった。お前の午後の態度のせいで、彼女がどれだけ傷ついたか分かっているのか!」

襟元を締め上げられ、知意は無理やり上を向かされて息が詰まる。

それでも、憎悪に染まった彼の端正な顔を見つめる彼女の心は、ただ荒れ果てた野のようだった。

「彼女が傷ついたなら、それは私のせいじゃない」

知意は一文字ずつ、ひどくゆっくりと紡いだ。

「蓮、あなたの中では、私が何をしても悪で、何を言っても言い訳。清香は何をしても正しくて、何を言っても善良。だったら、どうして私に聞くの? 最初から判決は決まっているでしょう」

その平静な言葉が、奇妙なほど蓮を激怒させた。

彼は彼女のこの態度が嫌いだった。か弱そうに見えて、その実ひどく頑固な態度で自分に逆らおうとするのが許せなかった。

蓮は怒りのあまり笑い出した。氷のように刺さる笑みだ。

「いいだろう。自分の仕事じゃないからやらない、か。俺の与えた仕事が不公平だと言いたいわけだな?」

彼は身体を起こし、冷酷に見下ろした。

「なら今から、神谷グループ社長として正式に命じる」

声はゆっくりと、残酷に響く。

「皓が飼っているペットの蛇だが、最近地下の檻の手入れが疎かでひどく汚れている。お前は今すぐ行って、地下の檻を徹底的に掃除しろ。隅から隅まで、汚れ一つ残すな」

地下の檻——。

知意の瞳孔が縮み、全身の血が一瞬にして凍りついた。

皓は蛇を飼うのが趣味だ。

屋敷の裏に独立した恒温の地下の檻を作らせており、そこには何十匹もの色鮮やかな蛇がうごめいている。

それは、知意がこの家で最も恐れる場所だった。

遠くを通り過ぎるだけでも、中から聞こえる音を想像するだけで鳥肌が立ち、悪夢を見るほどだ。

蓮は知っている。彼女がどれほど蛇を怖がるか、知っていて言っているのだ。

「……嫌」

知意は本能的に後ずさり、唇が勝手に震え出した。

「行かない……蓮、私が蛇を怖いって知ってるでしょ……行かない!」

「お前に選択肢はない」

蓮は彼女の恐怖を完全に無視した。

「不公平だと言ったのはお前だ。地下の檻の清掃は、お前が果たすべき義務だ。公平だろう。筋を通したいなら従え」

「違う! ただの虐めよ!」

知意は理性を失って叫び、涙が溢れ出した。

「知ってるくせに! どうしてそこまで私にするの……!」

だがその涙は、彼の心を一ミリも動かさない。

蓮の顔から、最後の温度が消え失せた。

スマホを取り出し、どこかへ電話をかける。

「二人上がってこい。妻を地下の檻へ連れて行け。……掃除が終わるまで出すな」

「蓮! やめて! 妊娠してるのよ……! お願い!」

知意は完全にパニックに陥った。お腹を庇い、必死に首を振りながらベッドから逃げようとするが、足がすくんで動けない。

ほどなく、無表情なボディガードが二名、入り口に現れた。

「連れて行け」

蓮が無感情に命じる。

「嫌! 離して! 行かない! 蓮! お願い、お腹の子のことだけでも……!」

知意は両脇をボディガードに掴まれ、ベッドから引き剥がされる。

必死に抵抗するが、かつてない恐怖が洪水のように彼女を飲み込もうとしていた。

ぬめる冷たさ、閉ざされた空間——想像するだけで精神が崩壊しそうだった。

蓮はただ冷酷に、彼女が引きずられていくのを見つめていた。蒼白な顔を濡らす涙の跡を見ても、その瞳は微塵も揺るがない。

「しっかり“仕事”しろ」

部屋から引きずり出される瞬間、氷のような声が背中に突き刺さった。

「今回で覚えろ。これからは、清香への口の利き方を学べ」

目の前で扉が閉まり、廊下は再び静寂を取り戻す。

蓮はその場に立ち尽くしていたが、胸の奥の怒りは一向に収まる気配がなかった。

苛立たしげに襟元を緩め、踵を返して寝室の奥へ向かう。

皓が家で飼っているのは無毒の蛇ばかりだ。せいぜい汚くて臭いだけで、人が死ぬようなことはない。

彼は知意に分からせる必要があった。心の歪んだ者は、罰を受けねばならないのだと。

翌朝、空は晴れ渡った。

一台の白いスポーツカーが神谷家の門前に止まる。

清香が最新モデルのバッグを提げて降りてきた。メイクは完璧で、その笑みは上品で柔和だ。

「清香さん! 来たんだ!」

リビングのソファにだらしなく凭れかかってゲームをしていた皓は、彼女を見るなり目を輝かせ、コントローラーを放り投げて出迎えた。

「珍しいね! うちに来るの初めてだよね。兄貴は二階の書斎でビデオ会議中だけど、すぐ降りてくるよ。適当に座って。遠慮しないで、自分の家だと思ってさ!」

「皓くん、お邪魔するわね」

清香は優しく応えながら、さも何気ない風を装って広いリビングを見回した。

「蓮が忙しいなら待たせてもらうわ。そういえば……家にいるのは、あなたたちだけ?」

含みを持たせた問いだった。

「ああ、他のやつのこと?」

皓は口を尖らせ、露骨に軽蔑の表情を浮かべる。

「親はあんまりここに住んでないし、爺さんも本宅に戻ってる。あとは、兄貴の目障りな嫁だけど……」

言葉を伸ばし、ひどく嫌悪感を滲ませる。

清香の胸が微かに高鳴る。だが顔には、程よい好奇心を浮かべてみせた。

「神谷の奥様? 彼女……お留守なの? まだ一度もご挨拶する機会がなくて」

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