第4章

松尾修と結婚して三年、これが初めての冷戦だろう。

オフィスでは、同僚たちが給湯室に集まって最近話題の舞台劇についておしゃべりをしていた。

その劇は椎名由衣が主演を務める、彼女の帰国後初の作品だった。別れて長年経った恋人たちが再会し、再び愛の炎を燃やすという物語だ。

「あれを観た後、元カレや元カノと復縁した人がたくさんいるらしいよ」

誰かが感嘆の声を漏らした。

「まるで恋愛の呪いみたい」

私はパソコンの画面に集中するふりをしながら、キーボードで無意味なアルファベットを打ち続けた。

午後は授業がなかったので、総合病院へ感謝の盾を届けに行くことにした。

受付の看護師は私に気づくと、微笑んで松尾医師は不在だと告げた。

「存じています」

私は平静を装って答えた。

「村上先生にお会いしに来ました」

ちょうどその時、村上誠がエレベーターから降りてきて、私に気づくと軽く頷いた。

彼は肌が白く、表情は相変わらず冷淡だったが、その眼差しには気遣いが滲んでいた。

「これを先生に」

私は感謝の盾を彼に手渡した。

「先日は手術をしていただき、ありがとうございました」

村上誠は盾を受け取ると、少し驚いたように言った。

「このようなお気遣いは不要です」

「そうだ、私の傷はいつ抜糸できますか?」

私は尋ねた。

「あと三日ほどですね」

彼は一瞬言葉を切り

「松尾先生にやってもらえますよ」

「先生にお願いしたいんです」

私は彼の目をまっすぐに見つめた。

「同じ先生に診ていただく方が慣れていますので」

村上誠は数秒間黙って私を見つめた後、頷いた。

「いつでもいらしてください」

松尾修がこの件を知り、私たちの冷戦はエスカレートした。

松尾修は松尾の実家に戻り、外来の担当日を週二回から週四回に増やした。彼から連絡はなく、私も意図的に彼を避けた。

半月後の夜、そろそろ寝ようかという時、突然スマホが鳴った。

松尾修からだった。

「どうして何度も村上誠に会いに行くんだ?」

彼は開口一番、詰問するような口調で言った。

「再診で医者に会うのが、そんなにおかしいことかしら?」

私は問い返した。

「私が空いているのは週末だけだって、知っているでしょう」

電話の向こうからため息が聞こえた。

「美緒、自分が何をしているか分かっているのか?」

「ええ、よく分かっているわ」

私は少し間を置いて言った。

「もし気になるなら、外来の担当日を週末に変えればいいじゃない」

松尾修は黙り込んだ。

彼が承諾しないことは分かっていた。週末には、椎名由衣の舞台公演があるからだ。

翌日、私は抜糸のために病院へ行った。村上誠は私のカルテを見て眉をひそめた。

「今週、睡眠薬を三回も処方していますね。これ以上は出せません」

「構いません」

私は微笑んだ。

「お酒で代用しますから」

村上誠は私を数秒間じっと見つめた。

「今夜、居酒屋に行きませんか? 科の飲み会です」

彼は少し間を置いて

「松尾修も来ます」

一瞬ためらったが、私は頷いて承諾した。

夜、時間通りに居酒屋へ着いたが、そこに松尾修の姿はなかった。

同僚たちは同情的な眼差しを私に向け、まるで捨てられた哀れな虫を見るかのようだった。

村上誠が優しい口当たりの梅酒を注いでくれた。私は一気に半分ほど飲み干し、すぐに少し酔いが回った。

飲み会が終わりかけた頃、ある同僚のスマホがピコンと鳴った。彼はそれに目をやると、科のLINEグループに向かって言った。

「松尾先生からメッセージだ」

私はふと、村上誠のスマホ画面に映った写真を目にした——キッチンで料理をする松尾修。エプロンを着て、とても家庭的に見える。

『すみません、妻の悪ふざけです』

松尾修がグループでそう説明していた。

食卓にいる全員の視線が私に集中し、場は死んだように静まり返った。

皆が何を考えているか、私には分かっていた。あの女は彼の妻ではないのか? では、写真の中の『妻』とは誰なのだ?

私はグラスを握りしめ、指の関節が白くなった。

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