第58章

林原撫子は、風が吹き抜けるみたいに淡々と一言だけ落とした。その一言で、林原お父さんはその場でしばらく固まる。

撫子はタオルを洗面器に放り込んで整え、すぐにバッグを手に立ち上がった。

『先に帰る』

誰の返事も待たず、くるりと踵を返して出ていく。背後に立つ林原寧々の存在など、最初から目に入っていないかのように。

そこでようやく寧々の怒りが噴き出した。ハイヒールで床をガン、と踏み鳴らす。

『あいつ、誰にも愛されないクズのくせに……何あの態度!』

『寧々、この件は慎重にね。身体に障るわ』林原お母さんは真っ赤になった寧々を見て、痛ましそうに眉を寄せる。『大丈夫。村木原矢は、あなたのお姉ちゃ...

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