第121章

「家、買ってここに引っ越そう」

榊原冬真が一歩詰めた。二人の鼻先が、触れそうな距離になる。

彼はわずかに俯き、彼女の眉と目元をまっすぐ見つめた。

「どの区がいい? 庭付きの一軒家が好きか。それとも最上階のペントハウス?」

清宮紬は、真顔で本気の計算をしている彼を見て、こらえきれずに噴き出した。

「榊原社長、私、ただの冗談です。まだ三十にもなってないのに、老後って何の話ですか」

榊原冬真は笑わなかった。

手を上げ、風に乱れた彼女の髪をそっと耳にかける。

ざらついた指の腹が、冷たい耳たぶをかすめた。熱に弾かれたみたいに、清宮紬の肩が小さく跳ねる。

「清宮紬」

フルネームを呼ぶ...

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