第29章

岩崎真乃は返事もせず、なおも店員への言葉の搾取に没頭していた。

「ねえ、私の手のこの時計、見える? わかる?」

店員は営業スマイルのまま、こくりとうなずく。

「お目が高いですね。ロレックスの最新モデルのメンズ腕時計でございます」

「いまのお客様の雰囲気にも、よくお似合いです」

「メンズ」と言われ、岩崎真乃の頬がふっと赤くなる。だが勢いは止めない。つま先にぐっと力を入れ、背丈まで盛り上げるように胸を張った。

「知ってるならいいわ。ねえ、さっき言ってた『今日は貸し切り』って、その人の払った金、私の時計のベルト一本分より高いの?」

その言葉に、店員の線みたいに細かった目がゆっくり開く...

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