第76章

榊原冬真の顔に、ぱっと気まずさが浮かんだ。だが、傍らの清宮紬に視線をやると、無理やり平静を取り戻す。

「……もう、そういうこと言うな」

それだけ言い残し、清宮紬を伴って扉を押し開けた。

夜の山林は異様なほど静まり返っている。濃霧の底で、万物は輪郭を奪われ、遠目には形の違う黒い影絵みたいに見えた。

湿った空気が清宮紬の袖口を抜け、柔らかな肌にまとわりつく。ひやりとした感覚がじわじわ広がり、全身を覆う冷えへと変わっていく。

紬が小さく身を震わせたのを見て、榊原冬真はまた上着に手をかけた。だが、彼女がさっと手を伸ばして制する。

「寒くない。ずっと座ってたから、ちょっと動きたいだけ」

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