第68章 叫ぶな、聞かれるぞ

「すみません、あれ……持ってます?」

すぐ隣で、切羽詰まった女の声がした。

相馬蛍が声のほうへ目をやると、まだ若くて品のいい女性が立っていて、下腹部を押さえている。

「ありますよ」

同じ女だ。何を求めているのか察しがつく。蛍はカメラを置き、バッグから取り出して手渡した。

「早く行って」

「助かった。ありがとう」

女はウインクして、そのままトイレへ小走りに向かった。

ふと気づく。夫らしき男は来ていない。椅子には小さな女の子がちょこんと座り、静かに棒付きキャンディをぺろぺろ舐めていた。母親に似て、目を引くほど整った顔立ち。

それを見た瞬間、蛍の胸に、昔の記憶がすっと差し込んだ。...

ログインして続きを読む