第3章
林原奥様は憂いに満ちた顔で病室内を行ったり来たりし、指でひっきりなしにスマートフォンの画面をスワイプしていた。
「一体どこの礼儀知らずが情報を漏らしたのかしら。秘密にするよう、事前に病院側へお願いしておいたというのに」
彼女は眉をひそめ、不快感をにじませた声で言う。
「ここは東京で最高級の私立病院よ。それでもこんなことが起こるなんて」
私はどう返事をすればいいのかわからず、ただ黙って傍らに立っているしかなかった。
「智哉はもともと控えめな性格で、こうやってマスコミに注目されるのが一番嫌いなの」
林原奥様はため息をつき、その目には心配の色が浮かんでいた。
「週刊誌に自分の写真が載ったと知ったら、どんな反応をするか……」
ちょうど林原奥様が病室を出ようとしたその時、林原智哉の心の声が突然響いた。
『俺が週刊誌に載ったって? 写真の写りはどうなんだ? どうして事前にメイクしてくれなかったんだよ、今の俺ってあんまり格好良くないんじゃないか?』
危うく噴き出しそうになり、慌てて咳払いをして誤魔化した。
林原奥様が去った後、林原智哉の心の声はさらに得意げになった。
『どうだ、驚いたか? 俺にはネット上で『旦那様』って呼んでくれるファンが無数にいるんだぜ。少しは危機感を持ったんじゃないか?』
「会社の株価に影響する心配はしないんですか?」
私は思わず尋ねた。
「それより先に、写真の俺がどう見えるか教えてくれ。いい角度で撮れてるか?」
私は呆れて溜息をつき、スマートフォンを開いて彼にその盗撮写真を見せた。
写真の中の彼は静かにベッドに横たわり、私はその傍らで真剣に彼のために本のページをめくっている。
「悪くないな。プロのカメラマンほどじゃないが、自然な感じがいい」
林原智哉はそう評価した。
「でも、これで面倒なことになったな。林原家もマスコミ対応に追われることになる」
案の定、林原家はすでに行動を開始していた。サイトに連絡してトレンドから話題を削除させようと試みたが、情報はとっくにLINEやツイッターで拡散してしまっていた。大手週刊誌の記者や個人メディアが、第一報を得ようと東京私立病院の前に詰めかけている。
午後、林原奥様が再び病室を訪れた。顔の憂いはさらに深まっている。
「このままでは、ゴシップ週刊誌がもっとデマをでっち上げるだけだわ。会社の株価にも影響が出てしまう」
彼女はそう言いながら、無意識に指を組んでいた。
「記者会見を開いて、林原智哉さんの状況を公表してはいかがでしょうか?」
私は探るように提案した。
林原奥様が考え込んでいると、林原智哉の心の声が響いた。
『奴らに勝手な憶測をさせるくらいなら、こっちから仕掛けるべきだ。花、君が林原家を代表して表に立て。俺がスピーチ原稿を用意してやる』
私はその考えを林原奥様に伝えると、彼女は少し躊躇った後、頷いて同意した。
病室に戻ると、林原智哉はすぐに私にスピーチ原稿の準備を指導し始め、事故の経緯と治療状況を詳しく説明させた。
「日本のメディアは感動的な話が好きだからな」
彼は言った。
「少しは気遣いや感情を見せてもいいが、やりすぎるな」
私は彼の助言を真剣にメモしたが、心の中では少し緊張していた。
「この事故も悪いことばかりじゃないな」
林原智哉は突然からかうように言った。
「じゃなきゃ、君みたいな綺麗な花嫁に出会えなかったわけだからな」
「あなたって人は……」
私は呆れて笑ってしまった。
翌日、私は品の良い紺色のスーツに身を包み、病院の会議室で開かれた小規模な記者会見に出席した。準備した原稿通り、林原智哉の事故の経緯と現在の治療状況を簡潔に説明した。
しかし、記者たちが病状に興味がないことはすぐにわかった。
「佐藤さん、林原社長との馴れ初めについてお話しいただけますか?」
と、一人の女性記者が尋ねた。
「いつ林原社長とご結婚されたのですか? なぜこれほど控えめに?」
と、別の記者が追及する。
生配信のコメント欄はさらに荒れていた。
『林原社長、既婚者だったの?! 私の神が!』
『この佐藤って誰? どこから湧いて出たの?』
『林原社長が事故に遭ってから現れるなんて、何か陰謀でもあるんじゃない?』
甚だしきに至っては、林原社長が植物状態である今、あの手の欲求はどう解消するのか、などという質問まであった。
私は深呼吸し、率直に答えた。
「私たちは政略結婚ですので、結婚式も質素に、家族だけで行いました」
「では、なぜ植物状態の林原社長のそばを離れず、寄り添っていらっしゃるのですか?」
眼鏡をかけた記者が尋ねた。
私は一瞬黙り込み、林原智哉が心の声で見せる快活な性格を思い出し、静かに答えた。
「ただ……彼の性格が、実はとても明るく朗らかな人だと感じているからです」
記者会見が終わると、林原智哉は心の声で私を褒めた。
『ありがとう、奥さん』
翌日、『#佐藤花記者会見』がツイッターのトレンドになった。ネットユーザーたちは「明るく朗らか」な林原智哉像に強い疑念を抱いていた。
『あの常に無表情な林原社長が? 明るく朗らか? 人違いじゃないか?』
『林原グループでインターンしてたけど、林原社長が通った場所は気温が三度下がる』
『もしかして、植物状態の林原社長には知られざる一面があるとか?』
さらに予想外だったのは、一部のネットユーザーがハッシュタグを立ち上げ、同人漫画やライトノベルを創作し始めたことだった。
夜、林原智哉は興味津々といった様子で私に頼み込んできた。
「さあ、同人小説をいくつか読んで聞かせてくれ。ファンたちが俺たちの関係をどう妄想しているのか、すごく知りたいんだ」
私はクリック数が最も高い作品を探し、途中まで読み上げたところで突然言葉に詰まってしまった——内容が艶めかしいものになり始めたのだ。
「どうした? 続けろよ」
林原智哉が不思議そうに尋ねる。
私は頬を赤らめ、スマートフォンを閉じた。
「もう、眠る時間です」
『おい、そりゃないだろ!』
林原智哉は心の声で不満げに抗議した。
『俺が目覚めたら、絶対に自分でその同人作品を読んでやる! その時になって、君がどんなに許しを請うたって無駄だからな!』
