第7章 うちのクラスはゴミ収容所じゃない

神野若芽は神野孝峰を見つめた。表情は淡いのに、言葉だけが出てこない。

肩掛けバッグを背中へ放り投げる。――時間の無駄。

「聞いてるのか?」

神野孝峰は、彼女のどこか小馬鹿にしたような態度に腹の底が熱くなった。どれだけ骨を折って、ここへねじ込んだと思っている。

「うん」

神野若芽は小さく頷く。相変わらず感情の読めない顔で、何を考えているのか掴めない。

そこへ校長が近づいてきて、彼女を一瞥した。胸の内で、ふう、とため息。――やっぱり、ぼんやりした子だ。クラスの成績を引っ張らなければいいが。

この成績で特進クラスは論外。せいぜい選抜クラスが限界だろう。

内心は不満でも、寄付を受け取った以上、露骨な態度は取れない。校長は口元だけを柔らかくして言った。

「行こうか。担任の先生に紹介する」

神野若芽は頷き、校長の後ろについた。

職員室に入ると、数人の教師が三々五々、雑談している。校長は手をぱんぱんと叩いた。

「須藤先生、ちょっといいかな」

呼ばれた須藤リリは、三年の別クラスの科目担当と話していたところだった。声をかけられ、周囲の教師たちも一斉に顔を上げる。校長の背後に立つ神野若芽の姿も、当然目に入った。

「校長先生、何ですか」

須藤リリが近づく。察しはついている顔だ。

校長は相談ではなく、告げた。

「こちら、神野若芽さん。転入で、君のクラスに入ってもらう」

須藤リリの眉がきゅっと寄る。神野若芽を上から下まで一瞥し、さらに眉間が深くなった。気だるげな立ち方。冷たい目。何かを見下ろしているような気配まである。

胸の奥に不快が溜まり、つい口が滑る。

「校長先生。うちのクラスは特進じゃありませんけど、ゴミ捨て場でもありません。何でもかんでも押し込まないでください」

校長は困ったように笑い、宥める。

「須藤先生だからこそ、だよ。君は優秀だからね」

持ち上げるしかない。

「またそれですか」須藤リリは鼻で笑った。「こういう子が入ってきたら、全体のレベルが落ちるんです。クラスの空気も崩れる」

「分かった分かった。まずは一度、入ってみよう」

校長はへりくだるように言い、場を収めようとした。――本当に胃が痛い。

そのとき、特進一組の担任、宇野月が職員室へ入ってきた。話の端を聞いたらしく、神野若芽を見て状況を理解すると、須藤リリの不機嫌そうな顔に、わざとらしく笑みを乗せる。

「まあ須藤先生。校長先生があなたを評価してるってことじゃない? 迷える子羊を救える力があるって」

須藤リリは宇野月の得意げな顔に、奥歯を噛みしめる。二人は同学年で、昔から合わない。表面は取り繕っても、内側はずっと火花だ。

「そこまで言うなら、宇野先生が引き受けたらどうです?」須藤リリは即座に返す。「救済の機会、譲りますよ」

校長の顔が険しくなる。

「いい加減にしなさい。決定だ」

二人は黙り込んだ。

校長が出ていくと、須藤リリは神野若芽の前に立ち、ぶっきらぼうに言った。

「教室まで案内する。でも先に言っておく。成績がひどくてついて来られない、クラスの足を引っ張る、そうなったら退学を校長に提案するから」

神野若芽は深い瞳で一度だけ見返し、黙ったまま。

須藤リリの苛立ちが跳ね上がる。

「……しゃべれないの? 口きけないの?」

「うん」

神野若芽は短く返した。

須藤リリが先に歩き、神野若芽が後ろにつく。

選抜クラス。

教室はわいわいと騒がしく、週末の余韻が抜けていない。みな席に座ったまま、ひそひそと話し込んでいる。

そこへ誰かが勢いよく飛び込んできて、手を叩いた。

「大ニュース! 大ニュース……!」

「何だよ、もったいぶるな!」

「早く言えって!」

「じゃじゃーん!」その生徒は得意げに声を張る。「最新情報! 今学期、うちのクラスに転入生が来る!」

一瞬、しん……と静まり、すぐにざわめきが爆発した。

「は? 高3で転入? 共通テストもうすぐだぞ? 本気かよ」

「卒業証書だけ欲しいんじゃね?」

「しかも田舎から来たって。いわゆる田舎者だってさ」

「Oh, my god……」大げさな声が上がる。「村娘とか無理。笑いものじゃん、うちのクラスに村娘だよ?」

教室は一気に沸騰した。

神野若帆は自分の席で頬杖をつき、退屈そうにページをめくっていたが、話が耳に入って眉をひそめる。田舎者?

――まさか、神野若芽?

そんなはずはない。父にははっきり言った。同じ学校は嫌、まして同じクラスなんて絶対に嫌だ。父はいつも自分を甘やかしてくれる。

隣の席の夏川月佳が、鼻で笑う。

「学校、何考えてんの? 今さら転入とか、しかも田舎からって……ただでさえ特進と差があるのに、さらにレベル下がるじゃん」

神野若帆も頷く。

「だよね。とにかく近づかないほうがいい。こっちの格まで落ちる」

「うん、ほんと嫌」

夏川月佳はいつも神野若帆の後ろをついて回る。可愛くて、成績も良くて、家柄もいい。誰が見ても名門令嬢――それが神野若帆だ。

議論が熱を帯びたその瞬間、須藤リリが神野若芽を連れて教室へ入ってきた。

ぱたり、と。

教室が水を打ったように静まり返る。視線が矢のように、入口へ突き刺さった。

――これが、噂の田舎から来た田舎者?

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