第1章
西園寺古里視点
ソファに座り、分厚い封筒を手に取る。太陽の光を浴びて、安川大学の校章がきらりと光っていた。
手が震えていた。
緊張からじゃない。純粋な興奮からだ。SATで満点の1600点。やった。本当に、やったんだ。
封筒を破り開けた瞬間、「合格おめでとうございます……」という一文が目に飛び込んできて、思わず叫びそうになった。二階にいる誰かに聞こえないように、慌てて口を手で覆う。ほんの数秒でも、これは私の、私だけの瞬間だった。
この家では、あまりにも長い間、自分だけの時間なんて持てなかった。
「古里?何してるの?」
義理の姉である早川真井の声が、いつもの焦れたような響きを帯びて階段から降ってきた。私は急いで合格通知をシャツの中に押し込んだけど、間に合わなかった。彼女はもう私の目の前に立って、私を見下ろしていた。
「またくだらない郵便物?」
彼女は呆れたように目を回す。
「それとも、どっかの三流大学があなたから金をだまし取ろうとしてるわけ?」
私は深呼吸して、声を震わせないように努めた。
「安川大学に、合格したの」
その言葉が口から出た途端、リビングは恐ろしいほど静まり返った。早川真井は一瞬固まったかと思うと、甲高い笑い声を上げた。
「夢でも見てるんじゃないの、古里。あんたなんて三流大学にすら入れないのに、安川大学ですって?」
彼女は体を二つに折るほど笑い転げた。
「まったく、いつからそんなに妄想がひどくなったわけ?」
説明したかった。証拠として合格通知を突きつけたかった。でも、早川真井はもう背を向けて階段を上り始めていた。去り際に、彼女はこう言った。
「ねえ、現実を見なさいよ。誰もが私みたいに優秀なわけじゃないんだから」
私はその場に座ったまま、彼女のシルエットが階段の角に消えていくのを見ていた。手の中の合格通知が、急にずしりと重くなった。まるで私の甘さを嘲笑っているかのように。この家では、私が何を言っても信じてもらえない。
たとえ、それが真実だったとしても。
六時ちょうど、お父さんとお母さんが定刻通りに帰宅した。夕食の時に安川大学の話を切り出そうと計画していたのに、私が口を開くより先に、早川真井の興奮した叫び声がリビングに響き渡った。
「お母さん!お父さん!これ見て!」
私が二人の後を追ってリビングに入ると、早川真井がスマートフォンを掲げていた。画面にはティックトックの動画が表示されている。彼女の声は興奮に震えていた。
「私の動画、再生回数が二百万回を突破したの!」
お母さんがそのスマホを受け取ると、途端に目を見開いた。
「あら、真井!これは何?」
私も覗き込むようにして画面を見て、心臓が止まりそうになった。
画面に映っていたのは、私のSATの成績証明書。満点の1600点という数字がはっきりと見える。しかし、キャプションにはこう書かれていた。
「ついに満点取っちゃった!安川大学、待っててね! #成績優秀 #満点女子」
「それ、私の成績証明書よ!」
私はほとんど叫ぶように言った。
でも、誰も聞いていなかった。お母さんはすでに喜びの涙を流し、早川真井をきつく抱きしめていた。
「私の可愛い娘、安川大学ですって!本当に私たちの誇りよ!」
お父さんはシャンパンを探しに酒棚をごそごそと漁り始めた。
「お祝いをしなくちゃ!うちの娘は天才だ!」
「お父さん、それは私の――」
「古里」
お父さんは私の言葉を遮った。
「真井は昔からずっと優等生だった。お前も姉さんを見習うんだな。あの子は小さい頃から特別だったが、お前は……」
父は最後まで言わなかったけれど、その意味は明らかだった。お前は何の価値もない、と。
私はその場に立ち尽くし、彼らが私の功績を祝ってシャンパンの栓を抜き、早川真井を誇らしげに見つめるのをただ見ていた。駆け寄ってそのスマホを奪い取り、真実を大声で叫んでやりたかった。でも、何かが喉に詰まって、一言も発することができなかった。
「それは、私の成績証明書……」
私の声は、かろうじて聞き取れるほど小さかった。
早川真井は私を一瞥し、その目に勝利の色を浮かべた。
「妹がまた意味不明なこと言ってるわ。私が羨ましいのね、いつものことよ」
それから彼女は言葉を切り、急に声が鋭くなった。
「あそこから逃げ出してきてから、あの子はずっとおかしいのよ」
リビングは再び静まり返った。すべての視線が私に向けられる。心配ではなく、苛立ちと嫌悪に満ちた視線だ。まるで十年前の、あの見捨てられた幼い少女に逆戻りしたような気分だった。
私は踵を返し、自室へと逃げ込んだ。
真夜中、ベッドに横たわると、部屋の中にはスマートフォンの微かな光だけが灯っていた。もう一度あの動画を見たいとは思わなかったのに、まるで呪文にかけられたかのように、気づけば早川真井のティックトックのプロフィールを開いていた。
再生回数二百万回、いいね五十万件、コメント十万件。
私の功績が、彼女の栄光に変わっていた。
コメントをスクロールし始めると、そのほとんどが賞賛と羨望の声だった。
「すごい!」
「まさに天才!」
「私も満点取れたらなあ!」
一つ一つのコメントが、ナイフのように私を切り刻んだ。
そして、それを見つけた――血の気が引くようなコメントを。
「また会えて嬉しいよ、コリン」
スマートフォンが手から滑り落ちそうになった。私はその言葉を凝視した。心臓が胸から飛び出しそうなくらい激しく鼓動していた。
コリン。
この二年間、彼以外にそのニックネームで私を呼ぶ者はいなかった。
記憶が津波のように押し寄せてきた。暗い地下室、鎖の音、そして私の耳元で「コリン」と囁く、あの優しい声。
黒木直樹。
ヤクザのボスの、目の見えない息子。あの地獄のような場所で、私に唯一優しさを示してくれた人。他の誰もが私を所有物のように、道具のように扱う中で、彼だけが真夜中に話しかけてくれ、外の世界がどんなものかを教えてくれた。
彼の目は見えなかったけれど、私の声に含まれる恐怖と絶望を聞き取ることができた。彼は優しく私の髪を撫でながら言った。
「大丈夫だよ、コリン。いつかここから出られる」
でも、私は彼を裏切った。
逃げ出したあの夜、私は彼の安全よりも自分の自由を選んだ。あの大きな銃声と、彼が倒れる時の苦しげなうめき声を覚えている。私は振り返らなかった。ただ走った。命がけで。
彼は死んだと思っていた。
あの秘密は、土の中に永遠に埋もれたのだと。
しかし今、このコメントは彼が生きていることを告げていた。そして、彼は私を見つけ出した。
震える手で、私は閲覧履歴を削除し、スマートフォンの電源を切った。だが、暗闇の中でも、あの言葉が目の前で点滅しているのが見えた。
これは偶然じゃない。ありえない。
黒木直樹は私がここにいることを、私の今の生活を、そして早川真井が私の功績を盗んだことさえ知っている。彼は私に見えないどこかから、静かにすべてを観察しているのだ。
彼がかつて言った言葉を思い出した。
「借りたものは、返さないとね、コリン」
その時は、冗談だと思っていた。
今、彼が本気だったことを知った。
夜風の音が窓から聞こえてきたが、私にはそれが地獄からの呼び声のように聞こえた。頭から布団を被り、記憶を遮断しようとしたが、次から次へと思い出が蘇ってくる。
黒木直樹の声、彼の優しさ、彼の痛み、そして私が逃げ出した時に置き去りにしてきた、途方もない罪悪感。
忘れたと思っていた。やり直せる、普通の女の子になれると思っていた。
でも、借りは時と共に消えはしない。
そして、債権者がついに取り立てに来たのだ。
