第2章
栞奈視点
動けない。どうして動けないの? 頭上でいくつもの声が渦巻いている。誰かの手が私の顔に触れる。誰かが何度も私の名前を呼んでいるけれど、返事ができない。目も開けられない。何も、できなかった。
そして、すべてが真っ暗になった。
目が覚めると、白い天井を見つめていた。
瞬きをすると、頭が鉛でできているみたいに重く、口の中はひどく乾いていて唾を飲み込むことさえままならなかった。ここは、どこ?
「城之内さん? 聞こえますか?」医師が私を覗き込んでいた。その表情はあまりにも真剣だ。
「何が……あったんですか?」声はかすれて弱々しかった。
「職場で倒れたんですよ。救急科に運ばれてきました」彼は椅子を引き寄せ、クリップボードを手に持った。「いくつか検査をしました。血液検査、CTスキャン。そして……残念ながら、結果は芳しくありません」
心臓が激しく鼓動を始めた。芳しくないって、どういうこと? 医者から聞きたくない言葉の筆頭だ。
「城之内さん、あなたは末期の膵臓がんです」
その言葉が理解できなかった。耳には入ってきたけれど、まるで外国語のように、彼が誰か他の人の話をしているように感じた。がん。末期。膵臓。それは他人事の言葉。お年寄りに起こることであって、二十一歳のウェイトレスに起こることじゃない。
「私……」言葉を続けられなかった。頭が働くのをやめてしまった。
「予後は三ヶ月から六ヶ月です」彼は穏やかだが断固とした声で続けた。「ショックなのはわかります。ですが、すぐに治療の選択肢について話し合いを始める必要があります。緩和治療、疼痛管理――」
「三ヶ月から六ヶ月」私はその言葉を繰り返したが、まだ現実味がない。「それだけ……なんですか?」
「お辛いでしょうが」彼はクリップボードを置いた。「ご家族に連絡を取りましょうか?こういう状況は非常につらいものですし、支えがあることが極めて重要になります」
家族。恵梨香がこぼした牛乳のことで大騒ぎする母を思い出した。恵梨香の額にキスをする父。朝食の席にある、誰も私の様子を尋ねてこない空っぽの椅子。片方の娘にだけ用意された大学の学費。
「教会にいます」言葉が自動的に口から出た。
「連絡すべきです。この話をするには、あなたのケアについての決断を手伝ってくれる誰かがそばにいる必要があります――」
「いいえ」なぜそう言ったのか、自分でもわからなかった。たぶん、どうなるか正確にわかっていたからだ。母は泣いて、どうしてこんな目に遭うのかと嘆くだろう。父はそれが神の御心だと言い、たぶん私の失敗のせいにする方法を見つけるだろう。恵梨香は五分くらい罪悪感を覚えるかもしれないけれど、結局はみんな彼女を最優先にする。
いつだって、彼女が一番だった。
「城之内さん――」
「何の意味があるんですか?」私は天井を見つめた。「三ヶ月から六ヶ月。誰かに何ができるっていうんですか?」
「家族の支えは大切ですよ。特に今のような時は。一人で立ち向かうべきではありません」
でも、私はずっと一人だった。あの家で、生まれてからずっと一人だった。これも今までと同じ。ただ、有効期限がついただけ。少なくとも以前は、いつか状況は良くなるかもしれないと偽ることができた。今はもう、それさえもない。
私は目を閉じた。残された時間を、ただ数えながら。
それからすぐに退院した。医師は経過観察のため入院すべきだと言ったけれど、正直、家族に迷惑をかけたくなかった。バスの窓際の席に座り、コートのポケットに入れた診断書を、そこにあることを確かめるように指で何度も触った。三ヶ月から六ヶ月。その言葉が、頭の中で再生され続けていた。
外では街灯が一つ、また一つと点灯し、空は昼が諦めて夜に支配権を譲る、あの紫がかった灰色に変わっていった。窓に映る自分の姿を見つめても、それが誰だかほとんどわからなかった。顔色が悪く、うつろで、まるで半分消えかかっているかのようだった。
少なくとも、彼らに何か残せる。その考えがふと浮かび、私はそれにしがみついた。今、唯一意味をなすものだったからだ。百五十万円。私の三年間の人生。
これまでの仕事を全部思い返していた。三年間、ほとんど眠らず、いつも疲れ果てていて、あちこちで二千円を余分に節約するために食事を抜いてきた日々。
でも、それって何か意味があることよね? 私が重要だったってこと。私の人生には価値があったってこと。
私は窓に頭を預け、目を閉じた。
家に帰ると、静まり返っていた。母と父の車が駐車場になかったから、たぶんまだ教会の委員会に出ているのだろう。でも、二階の恵梨香の部屋には明かりがついていて、彼女の部屋から静かに音楽が流れてくるのが聞こえた。
リビングに行くと、彼女はソファに丸まって生物学の教科書を読んでいた。テレビはついていたが音は消されていて、誰も見ていない料理番組が流れていた。
「おかえり」彼女は顔を上げて私に微笑んだ。「遅かったね。シフト長かったの?」
「うん」私は彼女の向かいのアームチェアに腰を下ろすと、心臓が激しく鳴り始めた。言うんだ。やりたいことを、ただ彼女に伝えるんだ。
「恵梨香、ちょっと話があるんだけど」
彼女は教科書を閉じ、私に全神経を集中させた。「どうしたの?」
適切な言葉を探そうとしたけれど、どうやって妹に自分が死ぬと伝えられるだろう? どうすれば、完全に崩壊せずにその会話を進められるだろう?
「私の貯金をあげる」言葉は早口で、ぎこちなく口から飛び出した。「全部。学費とか、他に何か必要なものに使って」
恵梨香は目を丸くした。「え? お姉ちゃん、だめだよ。なんでそんなことするの?」
「ただ、そうしたいの」手が震えていたので、膝の上でぎゅっと握りしめた。「あなたは大学生で、今はお金が必要でしょ。私よりも」
「でも、それってお姉ちゃんの大学資金でしょ」彼女は心から戸惑っているようだった。「自分で学校に行くために、何年も貯金してきたじゃない」
してきた。過去形だ。私にはもう「何年」もない。この数ヶ月以外、もう何もない。
「とにかく受け取って。お願い」
「お姉ちゃん、本気で言ってるの? 私の心配なんてしなくていいから」恵梨香は首を振った。「私は全然大丈夫。お母さんとお父さんがもうたくさんお金をくれたし。本当に、たくさん。学校のためのお金は有り余るほどあるの」
部屋のすべてが、わずかに歪んだように感じた。足元の床が傾いたみたいに。「なんて言ったの?」
「うん、私が大学に入るときに、専用の口座をまるごと作ってくれたんだよ」彼女はまるで天気の話でもするかのように、あっけらかんと言った。「学費とか教科書代とか生活費とか、全部。それに、お父さんとお母さんの生命保険の受取人も私になってるから、正直言って、私は本当に安泰なの。お姉ちゃんは自分のお金は自分のためにとっておきなよ。すっごく頑張って貯めたんだから」
部屋が奇妙な静けさに包まれた。物音は聞こえるのに、もうその意味を理解することができなかった。
