第10章
誌面は彼のインタビュー記事だった。H市で最年少にして名を上げたトップ富豪。しかも毎年「最も魅力的な男」第1位――そんな肩書きが、これでもかと並んでいる。
人気は、下手な大物芸能人以上。ファンの熱量も桁違いだ。
「……知ってるの?」
プリンが彼女の隣に半しゃがみになり、そっと尋ねた。
いつもなら、萌々は何を見せても反応しない。
なのに――。
萌々は雑誌をぎゅっと抱きしめ、真剣な顔でこくりと頷いた。
プリンの胸の奥に、嫌な予感が芽を出す。
医者は言っていた。片親家庭の自閉症の子は症状が悪化しやすく、求める愛情にひどく敏感になる、と。
あの日だってそうだ。いきなり男の脚にしがみついて、しかも絵まで描いた。
萌々が、あの男にだけ見せる「特別」――。
まさか……あれが、爹地?
以前、プリンは父親のことを聞こうとした。けれど媽咪はいつも、さらりと話を逸らした。
それが続いて、彼も空気を読んで口にしなくなった。
プリンは写真と萌々の顔を見比べる。
目元。鼻筋。輪郭の雰囲気。
……似てる。確かに、似ている。
なら、やることはひとつだ。
親子鑑定の方法を考えないと。
金持ちかどうかなんて、どうでもいい。自分と媽咪で稼げる。
人として問題がなくて、妹の病気が良くなるなら――爹地が増えたって構わない。
桐生初夏は手塚直哉を見送り、帰ろうとしたところで、腕時計が「ピピッ」と鳴った。
画面を叩く。
するといつもの文字盤が切り替わり、高性能の感知器が表示された。
赤い点滅。
そして、目に刺さる赤字。
――あなたはロックオンされています。
桐生初夏は、逆追跡防止のシステムを仕込んでいる。
誰かが彼女の痕跡からIPを割り出そうとした瞬間、こうして警告が出る仕組みだ。
まずい。
急いで足跡を消さなければ。相手に嗅ぎつけられる。
指先が走る。迷いなく監視システムへ侵入し、露見につながるデータを片っ端から消去していく。
三下五除二。息をするみたいに、手が動いた。
作業を終えたところで、初夏は眉をひそめた。
――子どもたちがいない。
振り返って探そうとした、そのとき。
会客室の前で、足が止まる。
視線が凍り、瞳の奥に鋭い光が宿った。
久しく会っていない相手と、今日「運よく」再会してしまった。
初夏はスマホを取り出し、プリンに短くメッセージを送る。
妹を見ていて。少し待ってて。
そして髪を整え、会議室の扉を押し開けた。
ふわり。
甘く清い香りが流れ込む。
桐生麻衣は視界の端に赤い影を捉え、顔を向けた。
入ってきた女は、しなやかな曲線を持つ身体に、黒髪が滝のように落ちている。薄い化粧なのに、言いようのない色気。
風みたいに、美しい。
しかも自分と同じ色の服。
なのに――相手のほうが、ずっと綺麗に着こなしている。
桐生麻衣の胸に、言葉にならない嫉妬が噴き上がった。
眉を寄せ、吐き捨てる。
「ずっと待ってたのに、手塚社長はあなたを寄越して私をあしらうつもり?」
「あなた、誰のアシスタント? 礼儀も知らないの? ノックもせずに入ってきて。今すぐ謝――」
「……どうしたの。もう私のこと、分からない?」
桐生初夏が、赤い唇をゆっくり開く。
「いい妹ね。久しぶり」
その声は、麻衣の骨に刻まれた声だった。
赤いドレスが、一瞬で招魂の幡に変わったように見えた。
麻衣はよろめきながら後ずさり、悲鳴みたいな声を上げる。
「桐生初夏……! あんた、生きてたの!?」
あの火は院を灰にした。現場に残っていたのはネックレスの鎖だけ。血も散っていた。
誰もが死んだと信じた人間が、四年後に戻ってくるなんて――。
気配を感じなければ、麻衣は本気で幽霊だと思っただろう。
