第11章

「悪いけど、期待は裏切るわ。私は死んでない。それどころか――生まれ変わったの」

桐生初夏は笑っているのかいないのか分からない表情で桐生麻衣を見据えた。眼差しは刃みたいに冷たい。

「驚いた? 意外だった?」

桐生麻衣は肝が冷えた。心臓が勝手に暴れ出し、喉の奥がきゅっと縮む。

その瞬間、真っ先に頭をよぎったのは神崎隼人のことだった。

あのクソガキは元から自分を母だと認めようとしない。そこへ実の母親が戻ってきたとなれば、今度こそ完全に拒絶されるに決まっている。

神崎家に嫁ぐ夢は――いつになったら叶う?

桐生初夏。あの女がいる限り、道は塞がれたままだ。

麻衣は泣き顔よりもひどい表情を引きつらせ、それでも必死に口角を持ち上げた。わざとらしいほど明るい声を作る。

「お姉ちゃん……よかった。本当に、生きてたんだね! 心から嬉しいよ」

「お姉ちゃんが亡くなってから、パパは悲しみで仕事も手につかないくらいだったし、私とママも毎日泣いてばかりで……」

「まさか戻ってきてくれるなんて。きっと、天が守ってくれたんだよ!」

初夏は鼻で笑った。

「私の前で芝居しないで。反吐が出る」

あのとき。罠にはめられて、乞食と一夜を共にしたことにされ、未婚のまま腹に子を宿した。

父は傷ついた娘を抱きしめるどころか、真っ先に後継の座を奪い、手元の株まで取り上げた。

麻衣とその母に裏庭へ閉じ込められても、見て見ぬふり。顔を出したことすら一度もない。

そんな男が、娘の死を嘆く?

「お姉ちゃん……四年前のこと、私が悪かった。分かってる。お願い、許して……?」

桐生麻衣は哀れっぽく腕に縋りつこうとする。

近づいた、そのとき。

初夏の首元で、かすかに揺れるものが目に入った。衣服の陰に隠れたり覗いたりする、小さな扳指。

麻衣の表情が、ぴたりと固まる。

――これ……神崎司がずっと探してた扳指じゃない?

あのとき、初夏の子を抱いて神崎家へ行った際、司に扳指のことを聞かれた。麻衣は何も知らず、「失くした」と嘘をついた。

まさか、それが初夏の手元にあるなんて。

そうだ。五年前、司を救ったのは――本当はこの女のほうだった。

初夏は麻衣の手を乱暴に振り払う。

「くだらない話はいい。桐生麻衣、あんたは私の息子を殺した。必ず、血の代償を払わせる」

「今日から――あんたのいい日々は終わりよ。覚悟してなさい」

麻衣は一瞬、呆けた。

すぐに理解する。初夏は、あの子が死んだと思い込んでいる。

違う。あの野種は死んでいない。神崎司が、厳重に守っている。

けれど――永遠に隠し通せるはずがない。

隼人が大きくなるほど、眉や目元は初夏に似ていく。いつか必ず、綻びる。

それに、初夏が持つ扳指も時限爆弾だ。

――だめ。もう一度、桐生初夏を消さなきゃ。

ほとんど反射みたいに、麻衣の胸に計画が形を取った。

「お姉ちゃん、違うの……! 私、冤罪だよ……!」

麻衣はぼろぼろと涙を落とし、声を震わせる。

「子どもは死んでない! 私が本当に殺すわけないじゃない!」

「そんな小さい子、首だって細くて……私、手が出せないよ。私だって、畜生じゃないんだから!」

初夏の表情が、凍りついたまま一瞬だけ止まる。

次の瞬間、堪えきれない喜びが頬に滲み、声が掠れた。

「……本当なの?」

麻衣は大きく頷く。

「うん。お姉ちゃん、私だって育てたかった。でもあのとき私、未婚だったし……その子のせいで私まで評判を落とすのが怖くて、田舎に預けたの」

「村の人に頼んでね。私、毎年こっそり会いに行ってた。お姉ちゃんにそっくりだよ。いい子で、すごく聞き分けもいいの」

初夏は信じ切れない。けれど、この可能性を捨てることもできなかった。

「どこ。連れて行って。会わせて」

麻衣の瞳の奥で、怨毒がぬらりと光る。だが声は甘いまま。

「うん、案内する。明日の朝にしよ? ちょっと遠いから、早く出て……日が暮れる前には着けると思う」

「実のママに会えたら、きっとすごく喜ぶよ」

――

一方その頃。

神崎司はシグナルのビルの前に車を止め、降りた。

その瞬間、助手の焦った声が飛ぶ。

「まずいです」

「……何だ」

司が横目で促すと、助手は眉間に皺を寄せた。

「HNの位置が特定できません。関連する痕跡が、全部消されています」

「技術部が確保できたのは監視映像の一部だけです。それも加工済みで……」

助手がスマホを差し出す。再生されたのは、たった三秒。

赤いドレスの女が休憩室の扉を押し開ける。画面はぶつぶつとノイズが走り、横顔すら判別できない。

「速すぎます。この女……潜んでた猫みたいに、勘が鋭すぎる」

助手は舌を鳴らした。

「どうせ手塚家と組むなら、なんでここまで徹底して身を隠すんです?」

司は画面から目を離さないまま、低く言い切る。

「時刻は十分前か。商談なら、そう簡単に立ち去らない。入って探すぞ」

言い終えるや否や、長い脚で大股に歩き出した。

休憩室の外、半透明のガラス越しに赤い影が揺れるのが見える。

司は扉を押し開け、足早に中へ踏み込んだ。

開いた瞬間――ソファに座る赤い女が、こちらへ振り返り……。

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