第5章
「ドンドンドン――」
扉を叩く音が急かすように響く。
桐生初夏は頼んでいた夜食だと思い、立ち上がって扉を開けた。
だが目線の高さには誰もいない。
代わりに、三、四歳ほどの男の子が隙間からするりと部屋へ滑り込んできた。
キャップを被り、身につけているのは高級ブランドの最新作ばかり。一目で裕福な家の坊ちゃんと分かる。
「助けて! 追われてるんだ。ちょっと匿って!」
馴れ馴れしく入り込み、扉を閉める。
「お礼はする。条件、言って」
桐生初夏はその目を見た瞬間、胸がぎゅっと縮んだ。
目の下の泣きぼくろ。四年前に産んだ長男と、まったく同じ場所。
だがその子は、救ってくれた使用人が言っていた。桐生麻衣に連れ出されたあと、桐生家で二度と見かけなかったと。
捨てられた可能性が高い。
あんな小さな子が、世話もなく生き延びられるはずがない。
憎しみが波のように押し寄せ、桐生初夏は目を閉じた。
必ず、桐生麻衣に代償を払わせる。
「ねえ、お姉さん」
男の子は白い手で彼女の裾を掴む。
「いい?」
神崎隼人は無意識に甘えた。
普段は警戒心が強く、知らない人に近づかない。
なのに桐生初夏は違った。温かい匂いがして、好きだった。
桐生初夏もまた、彼の目のせいで心が柔らかくなり、口を開きかけた――
その瞬間、屈強な男たちが追ってきて、強引に扉を押し開けた。
「隼人様、早くお戻りください。旦那様が大変お怒りで、捜しておられます」
男の子はさっと桐生初夏の背に隠れ、露骨に嫌がる。
「帰らない! ここにいる!」
桐生初夏は彼を庇うように手を伸ばした。
「無理に連れて行かないで。まだ小さいのよ」
だがボディガードたちは取り合わない。問答無用で連れ出そうとする。
「失礼します」
プリンがヘッドセットを外したところで、この光景が目に入った。警戒した顔で飛び出してくる。
「誰がママに手を出すの?」
視線を転じ、男の子も仲間だと思ったのか、プリンは乱暴に押した。
「どこの野良ガキ。ここは僕のママだ、どけ!」
神崎隼人は不意を突かれ、よろめいて尻もちをついた。
怖いもの知らずで、ずっと大事にされて育った神崎隼人は、目を丸くする。
――この僕を押した? 野良ガキ?
どういう神経だ!
「プリン、失礼でしょ!」
桐生初夏は慌てて抱き起こす。
「大丈夫? 痛かった?」
ふわりとした体温と香りが鼻をくすぐり、荒れた心がすっと落ち着く。
神崎隼人は目をくるくるさせ、澄ました顔で言った。
「大丈夫じゃない。お尻が痛い。揉んで」
「神崎隼人、こっちへ」
扉の外から低い声が落ちた。
「まだ騒ぐ気か」
ボディガードたちは一斉に後ろへ下がり、道を開ける。
桐生初夏が顔を上げると――またあの氷みたいな男。
本当に、縁が悪い。
腕の中がふっと軽くなる。抱いていた小さな頭が、奪われた。
神崎司が神崎隼人を受け取った瞬間、眉がわずかに動いた。
――やけに馴染みのある香り。
四年前の夜、彼の理性を溶かしたのもこの匂いだった。
だがその後、桐生麻衣からこの香りを嗅いだことは一度もない。
なぜだ。
この女も同じ香水を使っている?
