第2章
一時間後、私は紗良のアパートのソファに丸まり、クッションを抱きしめながら眠ろうと必死だった。
警護官たちは最初、私を新しい保護施設に連れて行こうとしたが、私はそれを拒否し、大学のルームメイトである紗良の部屋に送ってもらった。剣が決して探しに来ないであろう場所へ。今は、彼の顔を見たくなかった。
ありがたいことに、紗良は多くのことを尋ねず、ただ静かに私のための寝床を用意してくれた。しかし、私はまったく眠ることができなかった。剣とあの金髪の女性の姿が、頭の中で何度も再生されてしまう。
もう夜も更けている。彼は私を探しに来ないかもしれない。あの女性と忙しくしているのかもしれない――
ドン! ドン! ドン!
夜の静寂を切り裂く暴力的なノックが響き渡り、アパートの建物全体が揺れるようだった。
私はソファから瞬時に飛び起きた。心臓がドラムのように激しく打ち鳴らされる。ドアの外から木が裂けるような音が聞こえ、紗良が寝室から恐怖に駆られて飛び出してきた。「星子、いったい何が――」
ドアが蹴破られた。
戸口に立っていたのは剣だった。硝煙と血にまみれ、スーツのジャケットは引き裂かれて大きな穴が開き、左手からはまだ血が滴っている。だが、最も恐ろしかったのは彼の乱れた姿ではなかった――その目だった。いつもはあんなにも優しく私を見つめるその目が、今は北極の氷のように冷え切っていた。
「死神」の伝説を思い出す。これが、犯罪者たちが見る剣の姿なのだ。
「星子」彼の声は不自然なほど穏やかで、その静けさが私の血の気を引かせた。「来い」
紗良は私の後ろで震えながら縮こまっている。私は平静を装おうとしたが、声はまだ震えていた。「剣、勝手に押し入ってくるなんて――」
「好きなだけ責めればいい」彼は一歩前に出た。私は思わず後ずさる。「だが、せめて弁明の機会はくれ」
その言葉は、法廷や被告人席、そして彼の取調室で崩れ落ちていった数々の犯罪者たちを思い出させた。今度は、私の番なのだろうか?
「あなたの説明なんて聞きたくない」私は声を固くしようと努めた。「あの女の人――全部見たんだから――」
「君が聞きたくなくても、聞いてもらう」剣は私の言葉を遮り、さらに一歩踏み出した。「真実は一つしかない」
私の手が震えている――いや、震えているのは彼の手だっただろうか? この薄暗い光の中では、判別がつかない。しかし、彼の瞳の中で何かが渦巻いているのは見えた。怒りのような、あるいは……苦痛のような何かが。
「どうしてここがわかったの?」と私は尋ねた。
「俺は警護官だ、星子」彼は怪我のない方の手を差し出しながら、氷のように冷たい声で言った。「行くぞ。今すぐだ」
「あなたとはどこにも行かない!」
剣の口元が、映画の悪役を思わせる冷たい笑みに歪んだ。「星子、素直についてくるか、それとも無理やり連れて行くか。どちらがいい?」
紗良が私の後ろで静かにすすり泣いている。私に選択肢がないことはわかっていた。この男は警察のエース警護官だ――本気で私を連れて行こうとすれば、誰にも止められない。
「わかったわ、一緒に行く」私は深呼吸した。「でも、あなたを許したわけじゃないから」
数分後、私は剣の車に乗っていた。車内は硝煙と血の匂いが充満している。彼はまるで戦車でも操縦しているかのように車を走らせ、一つ一つのカーブを殺人的な正確さで曲がり、加速するたびに何かを発散させているようだった。
私はシートベルトを固く握りしめ、彼を横目で見た。街灯の下、彼の横顔が光と影の間で明滅し、固く食いしばられた顎、眉の近くの傷跡が影の中で一層深く見える。
「その血は……」私は思わず尋ねていた。
「俺のじゃない」
「誰の?」
「そうされるべき奴のだ」
彼の答えに、背筋が凍る思いがした。これが本当の剣なのだろうか? この冷血で、暴力的で、無慈悲な警護官が?
彼が優しく私を寝かしつけてくれた夜を、私が好きなコーヒーの淹れ方を覚えてくれていたことを、悪夢から目覚めたときに私の髪をそっと撫でてくれたことを思い出す。あの剣は、偽物だったのだろうか?
車は警察署の前で停まった。剣は私の側に回り込み、ドアを開けた。今度は無理強いはせず――ただ待っていた。私は数秒ためらってから、車を降りた。
「どうしてここに?」と私は尋ねた。
「真実を見せるためだ」
警察署の作戦本部は煌々と明かりが灯され、至る所にハイテク機器が並んでいる。剣はまっすぐコンピューターに向かい、近くの救急箱から包帯を取り出して血の滲む手に巻き、パスワードを入力していくつかのファイルを開いた。
「今夜の潜入捜査だ」キーボードを操作しながら彼は言った。「身体装着カメラの音声記録。全部だ」
私の心臓が速鐘を打ち始める。「聞きたくない――」
「聞いてもらう」彼は再生ボタンをクリックし、スピーカーから混沌とした雑音が溢れ出した。
倉庫からの音だった。足音、低い男たちの声、そして女の声が聞こえる。「監視されてるわ、黒崎さん。合わせないと、潜入がバレるわよ」
あの女の声だ。私は息を止めた。
スピーカーから、低く張り詰めた剣の声が響く。「どのくらいだ?」
「最低でも三十秒。奴らが私達をそういう仲だと信じ込む時間が必要よ」
そして沈黙が訪れた。二人がキスをしているのを想像し、胃がむかついた。
だが、次に聞こえてきた剣の言葉に、私は目を見開いた。
「クソ。こんなことしたら、俺の彼女に殺されるぞ」
女がくすりと笑う。「彼女にはバレないわよ」
「お前は星子を知らない。あいつには全部バレる」剣の声には、優しさと心配が滲んでいた。「あいつはいつも俺の身を案じている――今頃、保護施設で考えすぎているだろうな」
私は思わず口を手で覆った。
録音は続く。取引の交渉、銃声、追跡シーン、そして司令官の声。
「剣、保護対象者から緊急移送の要請があったとの連絡が入った。『保護体制に問題あり』とのことだ」
剣の声が途端に緊張を帯びる。「何だと? 彼女は保護施設にいるのか?」
「いや、すでに施設を出ている」
「クソッ!」剣が悪態をつく。「ターゲット確保、協力者も無事だ。司令官、すぐに戻って彼女を探さなければ。何か見たのかもしれない――説明しないと。後は蓮堂に任せる」
「了解した、剣。気をつけてな」
録音はそこで終わった。
作戦本部は、死のような静寂に包まれた。
私は振り返って剣を見た。彼はそこに立っていた。その瞳から「死神」の面影は消え、代わりに疲労と、どこか脆さのようなものが浮かんでいた。
「剣……」私の声はかすれた。「私……」
「君が見たのは、表面だけだ」彼はゆっくりと言った。「あの女性は組織に潜入している我々の協力者だ。彼女の言う通りだった――もし俺が彼女を突き放していたら、二人とも死んでいた」
涙で視界がぼやけ始める。「でも、二人が……」
「君が何を見たかはわかっている」彼は一歩前に出た。「だが、俺の心はずっと君のことだけを考えていた。任務が終わったらどうやってこれを説明しようかと、一秒一秒、そればかり考えていた」
私は、その場に崩れ落ちた。
全ての怒りも、痛みも、誤解も、その瞬間に瓦解した。さっきの彼の瞳にあった苦痛を、その身にまとった血を、私を見つけるためだけに紗良のアパートに押し入ってきた彼の姿を思うと……。
「ごめんなさい」私は泣きじゃくった。「剣、ごめんなさい。あなたを信じるべきだった。あなたが説明してくれるのを待つべきだった。私……」
彼の手が優しく私の顔を包み込む。ごつごつした手のひらが、肌に温かい。「次に疑いを抱いたら、直接俺に聞け。もう一人で苦しむな」
私は頷き、涙が止めどなく流れた。「私は……あなたが竜吾みたいになるんじゃないかって……」
「俺は竜吾とは違う」彼の親指が私の涙を拭う。「絶対に竜吾のようにはならない」
一時間後、私達は客のいない二十四時間営業のファミレスにいた。剣は私の向かいに座り、私の好きなホットチョコレートとブルーベリーマフィンを注文してくれた。彼の手はきちんと包帯が巻かれ、白いガーゼが照明の下で際立っている。
「痛む?」私は彼の手を指差した。
「いや」彼は砂糖の袋を破り、私のココアに入れた。「まだ俺が怖いか?」
私は首を横に振った。「怖かったんじゃないの。ただ……あんなあなたを見るのが初めてだったから」
「あんな?」
「伝説の死神みたいな」私は静かに言った。「犯罪者たちがみんなあなたを恐れる理由が、今わかったわ」
剣は少し黙っていた。「死神は、君を守るために存在する。今夜もな」
「今夜?」
「血のことだ」彼の声は柔らかかった。「今夜、武器商人を取り押さえた時、奴が抵抗しようとした。そして……」彼は言葉を切り、「竜吾が三日前に出所したという情報を得た」と言った。
カップを握る手に力が入る。「彼は……私を探しに来る?」
「その機会は与えない」剣の目に冷たい光が走った。「だが、奴を完全に片付けるまで、君も十分に注意する必要がある」
私はその光景を想像した――死神である剣を前にした時の、竜吾の恐怖を。不思議と、彼に対して同情心は一切湧かなかった。
「剣」
「ん?」
「探しに来てくれてありがとう」私は包帯の巻かれた彼の手の上に、自分の手を重ねた。「あんな態度をとった後でも、あなたは……」
「どこにいようと探し出す」彼は手のひらを返し、私達の指を絡ませた。「君がどこへ行こうとも」
彼の優しさは、いつも私がそれに最も値しない時に現れる。彼の疲れているけれど穏やかな顔つきを見ていると、録音の中で彼が言っていた言葉を思い出した。
『あいつには全部バレる……あいつはいつも俺の身を案じている……』
彼は本当に私を理解し、心から気にかけてくれている。
そして私は、自分の不信感のせいで、その全てを失いかけていたのだ。
「もう二度と」私は彼の手を固く握った。「もう二度と、あなたを疑ったりしない」
剣は頷き、そして身をかがめて、繋がれた私達の手にキスをした。「帰ろう、星子。もう遅い」
家へ。彼は家に帰ろうと言った。
そうだ、剣がいる場所、そこが私の家なのだ。
