第49章

バスタブの前で、安野香苗は身をかがめ、蛇口をひねって湯を張っていた。

背後で物音がした気配に、はっと振り返る。

ちょうど藤原京也が入ってきたところだった。だが足取りがふらついている。左足が右足に絡み、今にも転びそうになった瞬間――

「危ない!」

安野香苗は駆け寄り、咄嗟に彼の身体を支えた。

「どうして勝手に入ってくるの? 外で少し待っててって言ったでしょう」

責める口調のはずなのに、藤原京也の耳には甘い嗔りにしか聞こえなかった。

彼は香苗をまっすぐ見つめる。粘ついた視線が網のように絡みつき、逃げ場を奪っていく。

その目に射抜かれ、安野香苗は落ち着かずに視線を逸らした。

「ほ...

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