第5章
「待ってくれ!」
近藤時弥は必死になり、痛みをこらえて周防浅奈を追いかけた。
彼は周防浅奈の手を死に物狂いで掴んだ。
「奈々、自暴自棄になっちゃだめだ。今すぐ一緒に行こう、僕が必ず君を大切にするから」
もう時間がない。周防浅奈が説得に応じないなら、無理にでも連れて行くしかない。
近藤永一に見つかれば、彼も部下も終わりだ。
二階の近藤永一が足を止めた。その視線は、近藤時弥が周防浅奈を掴んでいる手に、陰湿に突き刺さっていた。
目障りだ。切り落として犬に食わせてやりたい。
彼の殺気を感じ取り、遠藤正志が慌てて提案した。
「近藤様、周防さんに直接解決させてはいかがでしょう? どうせ彼らは逃げられません」
近藤時弥の手下はすでに制圧されている。周防浅奈を連れ出すことなど不可能だ。
だが近藤永一が手を出せば、必ず血が流れる。
誰もが周防浅奈が近藤時弥に夢中だと知っている。近藤永一でさえ彼女を気遣い、近藤時弥に手を出せずにいたのだ。
もし今手を出して、周防浅奈がまた騒ぎ出したら、元も子もない。
近藤永一は下唇を噛み締め、瞳の怒りは燃え上がるようだった。
結局、彼は目を閉じ、動くのをやめた。
彼は周防浅奈を知っている。近藤時弥に関することなら、彼女は無条件で彼を庇うはずだ。
今日の態度は、昨日二人が親密な関係になったからか、あるいは近藤時弥が言うように、彼を巻き込みたくないがための演技に過ぎないのかもしれない。
近藤時弥の真剣かつ嫌悪に満ちた目を見て、周防浅奈は鼻で笑った。
「大切にする? じゃあ家から持ち出したものを全部返してよ。あれだけの金があれば、私は一生遊んで暮らせるわ」
「周防浅奈! 君の頭の中は金のことしかないのか?」
近藤時弥は手の力を強め、怒りの形相で周防浅奈を見た。
この能天気な女が、今日はどうして急に言うことを聞かないんだ?
契約書がおかしいだの、物を返せだの。
あれは「借りた」時点で僕のものだ。なぜ返さなきゃいけない?
だが近藤家での今の立場を思い出し、近藤時弥の目にようやく本物の感情が宿った。
「奈々、借りたものは必ず返す」
「じゃあ今返して」
周防浅奈はもう彼と話すのも億劫だった。彼女は近藤時弥の指を一本ずつ力任せに引き剥がした。
「三日よ。返さなかったら、婚約者に直接取り立てに行ってもらうから」
そう言って彼女は颯爽と背を向け、汚れた手首を嫌そうに揉んだ。
近藤時弥は口では愛していると言いながら、彼女の友人と寝て、彼女を傷つけることしかしない。
今生でも、誰かに同じくらい愛されればいい。
「周防浅奈、絶対に後悔するぞ、絶対にだ!」
近藤時弥は無力に吠えたが、時間が迫っているのを見て逃げ出した。
もし本当に近藤永一に周防浅奈と会っているところを見られたら、命はない。
周防浅奈は歩きながら白目をむいた。
あんなクズ男、今生では木島若凪と永遠にお幸せに。あの二人こそお似合いだわ。
周防浅奈が別荘に戻ると、使用人たちは皆、反射的に頭を下げた。
今の自分の姿を思い出し、周防浅奈は気まずくなった。
幼い頃は誰もがフランス人形のようだと言ってくれたし、学生時代はずっと学園のアイドルだった。
それなのに木島若凪の言葉を鵜呑みにし、近藤時弥がコスプレ、それもダーク系が好きだと思い込み、毎日人間ともお化けともつかない格好をしていた。
他人どころか、知人でさえ彼女だと認識するのに時間がかかるほどだ。
「あの……」
彼女が床を拭いている使用人に声をかけると、相手は幽霊でも見たように頭を下げて逃げ出した。
床に映る自分の顔を見て、周防浅奈自身も飛び上がった。本物の幽霊でも逃げ出すレベルだ。
袖で拭ってみたが、木島若凪が何を使ったのか全く落ちず、かえって顔が惨憺たる有様になった。
熱いシャワーを浴びるか、専門業者を呼んでメイクを落とさせるか迷っていると、近藤永一が二階から降りてきた。
「奈々、行こう。食事に連れて行く」
彼は周防浅奈の顔の落書きが見えていないかのように、声には溺愛の色さえ滲んでいた。
目の前の背が高くハンサムな男を見て、周防浅奈は気分が沈んだ。
「行きたくない」
今の彼女を連れて外食などすれば、数分でネットのトレンド入りだ。
『近藤様の女性に対する奇妙な趣味』『近藤家の夫人は奇抜なメイクがお好き』
そんなハッシュタグが百個は作られるだろう。
もっとも、最後には近藤永一が容赦なく削除させるだろうが。彼女の悪口を言うプラットフォームなど、生きてはいられない。
近藤永一がずっと優しくしてくれるのを思い、周防浅奈は振り返った。
「部屋に運んでもらって、一緒に食べない?」
この姿で使用人を怖がらせるのはやめよう。料理の上手な数人は残しておきたい。
「あ、ああ」
近藤永一は優しく彼女を見つめ、冷ややかに傍らの使用人を一瞥した。使用人はすぐに察して頷いた。
「はい、ただちに周防さんのお好みに合わせてご用意いたします」
周防浅奈が住むことになって以来、全員が気を引き締め、彼女の好みの食材を常備していた。彼女が望めば三十分以内に提供できるように。
近藤永一の命令だ。できなければ命はない。
だができれば、近藤永一からの報酬は破格だ。
今日は珍しく周防浅奈が癇癪を起こさないので、皆もここぞとばかりに彼女の機嫌を取り、ボーナスを狙っていた。
周防浅奈が部屋のドアまで歩くと、近藤永一がついてきた。
彼が突然ドアノブを押さえ、ドンと音がした。
「どうしたの?」
周防浅奈が不思議そうに見ると、
「なんでもない」
近藤永一はドアを開け、周防浅奈も続いて中に入った。
ドアを閉めた瞬間、近藤永一がまっすぐに倒れ込んだ。
「近藤永一!」
周防浅奈は手を伸ばしたが、彼の上着しか掴めなかった。
ビリッ!
七桁の値段の上着が破れ、近藤永一は絨毯の上に倒れた。
周防浅奈は自分の姿など構わず、ドアを開けて叫んだ。
「誰か来て! 近藤様が倒れたわ、早く病院へ!」
全員が恐怖の目で彼女を見た後、すぐに行動を開始した。
電話をかける者、氷嚢を用意する者、近藤永一をベッドへ運び、靴下を脱がせる者……。
一通りの処置が終わっても、周防浅奈は呆然と立ち尽くしていた。何が起きたのかわからない。
その時、執事の伊東忠成が入ってきてドアを閉めた。
「周防さん、ご安心を。主治医が十分で到着します」
「どうして病院へ行かないの?」
周防浅奈は焦った。
「こんなのダメよ、突然倒れたのよ? 病院で全身検査を受けるべきだわ」
執事は五判別のつかない顔をした少女を見たが、その声の焦りだけは聞き取れた。
彼はため息をついた。
「周防さん、本当に近藤様をご心配されているようですので、正直に申し上げます」
彼は自分の頭を指差した。
「近藤様のここには腫瘍があり、時折意識を失われるのです」
